第1章・穢れなき想い 2ー②

王となるジュリアスには、然るべき相手との婚姻が必然とされていたので、貞節を求められていたが、同じ王族でもマリウスの行いは酷いものだった。

召し使いを何人も孕ませただの、他の男と結婚の決まっていた貴族の娘を手込めにしただの、侯爵夫人の寝室でらんちき騒ぎをしていただの、悪い噂を上げればキリがない。


それに対してアンソニーの噂は、取るに足らないものばかりだった。

街娘と歩いていた、商売女と飲み屋に入っていった、というような噂はいくつかあったが、騎士としての名を汚す程のものではない。


実際、真実とも言えるのは、メラルダ伯爵夫人の関係位なものだった。

メラルダ伯爵夫人は、宮廷の華と呼ばれる才女であり、またその佇まいや振る舞い、ファッションセンスに於ても、女性からの憧れの的であった。

主人である伯爵を五年前に亡くし、現在は独り身である。

侯爵の地位に着いたアンソニーとならば、再婚もあり得ると話題にはなっていたが、いくら年齢差を問わないクロフォード王国でも、十八のアンソニーと四十になろうというメラルダでは、年齢の差があり過ぎた。


だがジルは、たとえ親子程に年の差があろうとも、愛し合う二人を祝福しようと思っていた。

王の子でありながら、王子としての特権の全てを取り上げられたアンソニーには、後ろ楯があまりにも無さすぎる。

侯爵などという肩書きですらも名前だけであり、公布もされてなければ、何の恩恵もない。


アンソニーの今の暮らしは、騎士としての稼ぎだけで支えられている。

地位と権力を持つメラルダが妻ともなれば、アンソニーの立場は今よりも保証されるだろう。


「アンソニーは、メラルダ伯爵夫人と結婚しないのか?」


「メラルダと?それはない!」


「だが、恋人だろう?」


「恋人というよりは、愛人という方が近いかもな。メラルダと付き合うのは男としての誉ではあるし、宮廷での様々な生き方も教えてくれた。女体への扱いを手解きしてくれたし、善き指南役だったよ」


アンソニーのそれは、暗に『体だけの関係』であると言わんばかりの物言いだった。

無骨で、ひたすらに鍛える日々を過ごして来たジルは、そのアンソニーの言い様にショックを受ける。

口では優男と貶しつつも、心のどこかでアンソニーは一途に恋をし、その恋に準ずる真面目な男であると思い描いていたからだ。


心身共に強く美しいアンソニーは、いつの日か出会うだろう運命の女性に、生涯を捧げるものだと信じきっていた。

たとえそれが、親子程の年が離れたメラルダであっても、純愛であるなら良いと思っていた。


そのモヤモヤとする気持ちを、ジル自身、どう処理すればいいのか分からない。

ぼんやりとアンソニーの話を聞き流していると、いつの間にか自分へ問われているのに気が付いた。


「おい、聞いてるか?ジル」


「何だ」


「お前にも女がいるのか?って聞いてるんだ」


「女?いや、それはない」


「じゃあ男か?」


「それもない。俺はお前のように下半身は緩くない」


「お前の中で、俺はどんな尻軽なんだ?!それはお前が堅物過ぎるだけで、俺は普通の男よりも真面目だぞ?女に引き摺られて、鍛練をサボった事もない!」


確かに、他の血気盛んな騎士達は、商売女や娼館に通う者も多い。

ジルは、そこへ通うような欲望を感じた事がない。

日々神経を磨り減らしていたのもあるが、元よりそうした人間的な欲望には疎かった。


「女は俺が近寄れば逃げていくし。そもそも、そんな時間もなかった」


ジルのそれは、嘘でも偽りでもなく。


アンソニーと共に、騎士団の養成学校へ入ってから、今現在までのジルの人生は、ひたすらに勉強と鍛練の日々だった。

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