第1章・穢れなき想い 2ー①

その店にいる者達皆が、おいそれとは近寄る事も出来ずに、二人の騎士の会話に聞き耳を立てている。

そうした見られる煩わしさに我慢ならなくなったアンソニーは、飲み代を上乗せしてテーブルに置き、ジルを外へ連れ出した。

ぶらぶらと歩きながら、他愛もない話をしつつ、どちらからともなく向かう先は、幼い頃から変わらなかった。


二人っきりになれるのは、あの高台の木の上だ。

幼い頃から、剣を交えた後、いつも登って語り合った大樹。

その枝は春の風を纏い、緩やかに葉を震わせ、今も昔と変わりなく二人の前にある。

樹皮を掴み、登っていくその様は、どちらも手慣れたものだった。


ジルは、いつもアンソニーの一つ下の枝に座っていた。

それにはいつも心のどこかで、アンソニーが王の血を引く者であるという気遣いがあった。


「お前とジュリアス殿下は、正反対だな」


「そうか?」


「アンソニーは、能力はあっても欲はない。ジュリアス殿下は、才はなくても欲がある。お前は屈強な体を持っているが、あの方は国を率いるにはひ弱過ぎる」


「だからこそ、ザンジバル王の後に相応しいんだよ。あの御方は、ジュリアスの代でも権力を奮うおつもりだ。健康で社交的な俺が王になろうものなら、己の自由にはならないと思われているから」


「だからこそ、芽が出る前に摘まれたか」


「俺は自我の強過ぎるジュリアスよりも、弟のレオナルドの方が王に相応しいと思っているよ」


ジュリアスの弟であるレオナルドは、まだ子供でありながら、清廉なる精神の持ち主であり、周りの者達には愛されている。


体の弱いジュリアスの後釜として、便宜的に存在しているように思われがちで、あまり目立ってはいないが、その澱みない思慮深さは王に見合うものだと。


「もしもジュリアスに何かあって、王位が弟のレオナルドにいかず、従兄弟のマリウスにでも譲位されてみろ。この国は破滅するぞ」


ジュリアスよりも一つ下、アンソニーよりも一つ上の、王弟の子であるマリウスは、放蕩者として有名だった。

だが、王族としてのプライドだけは高く、幼い頃から妾子のアンソニーを汚物のように毛嫌いした。

幼い頃から泥を投げ付けられたり、足を踏まれたりと、マリウスと顔を合わせて何事もなく、まともに帰れた試しがない。


マリウスは成人してからというもの、毎日のように、どんちゃん騒ぎを繰り返していた。

頻繁に仮面舞踏会とは名ばかりの乱行パーティーを開いては、仮面で素顔を隠した男女が快楽に耽る。

だがそれを容認しているのが、世継ぎであるジュリアスだというのもまた、質が悪かった。


それを聞いて、ジルも眉間にしわを寄せた。


「ジュリアス殿下とマリウス公は、結託しているのか?」


「マリウスは、ジュリアスを蹴落としてでも王になるつもりはないかも知れんが、少なくともジュリアスの代では宰相の地位を狙っているだろうな」


元国王のザンジバルの頭脳として付く、宰相グラッツォのように、影でこの国を仕切るつもりなのだ。

そのマリウスにとって、王の血を引きながら騎士としても人気のあるアンソニーと、王位第二継承者の廉潔なるレオナルドは、目の上のたんこぶだった。

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