第1章・穢れなき想い 2ー③

『レイ・サンダーの将軍の息子』という肩書きは、ジルの考えていたものよりも、大きく重かった。

学校でも『将軍の息子だから』という色眼鏡で見られる。

何事も百点満点は当たり前で、それ以下はあり得ないし、それ以上でなければならなかった。

入学した時から、ジルは一般の生徒とは別の訓練を強いられていた。

それは、『我が子だからこそ、甘やかさない』という父の思惑からではあったが、それがあったからこそ、今のジルがあるのだとも言えた。


ジルは卒業後も、当然のように一番過酷であろう『黒鷹騎士団』へと配属された。

黒鷹騎士団は、平時であっても常に戦争の為に己を鍛え上げ、戦時下ともなれば己の命を賭け、闘いに身を投じる。

特別なる騎士達の集まりだった。


ジルは、入団してすぐに隣国サイランス帝国との戦いに出兵し、その初陣ではサイランス帝国の一個小隊を壊滅させ、無血での勝利を飾った。

その働きは、老練なる騎士達を凌駕するものであり、帰国後、すぐに黒鷹騎士団の精鋭部隊である『漆黒の鷹』へと転属された。


「史上最年少の黒鷹のエリート様は、どれだけ女にモテてたかと思ったが」


「一日のうち、食べて寝る以外のほとんどが訓練だ。こうしてお前と会うのにも許可がいる。だから、漆黒の鷹は独身でなきゃ務まらない」


「黒鷹騎士団がそこまで厳しいとは、知らなかった……」


「黒鷹はそうでもない。『漆黒の鷹』だけだよ。どうしても溜まった奴は、娼館に行くか、女を呼ぶ。俺は下っ端だから、そんな余裕もない」


「……お前、死ぬなよ。ジル」


アンソニーのその言葉は、本心から涌き出たものだった。

そのあまりにも非人間的なジルの生活ぶりには、言葉を失う。

今まで、アンソニーが声をかけると、ジルは必ず会いに来た。

それには、いつも届けを出してまで、時間を作ってくれていたのだ。


それを聞いて、胸が苦しくなる。

将軍の息子だという枷の為に、ジルは辛く苦しい道のりを歩んでいた。

黒鷹に比べれば、アンソニーの在籍する白百合騎士団など、お飾りの騎士でしかない。

命を狙われる危機もほんどない護衛の上に、仕える貴族や王族と並んで着飾り、宴に出る。

夫人や令嬢と恋の駆け引きをして、戯れ、護衛をしているのか貴族の愛人なのか、分からない者もいる。

アンソニーにはまだ特定の護衛対象は定められていなかったが、命を削るようにして過ごすジルには、とても言えないような生活だった。


「お前が戦に出て、帰って来なかったらどうしようかと思うよ」


「俺は必ず帰って来る。お前の元に」


「ジル……」


「俺は、お前に全てを捧げている。俺が命を落とすとしたら、お前を庇って死ぬ時だろう」


アンソニーは胸が苦しくなった。

こんなにも尽くしてくれる友がいる。

自分を何よりも思ってくれている親友がいる。

その喜びは、天にも昇る気持ちだった。


アンソニーは自ら座っていた枝から、ジルの座る枝へと移る。

そうして、ジルを背後からそっと抱き締めた。


自分は家族には恵まれなかったが、こうして何よりも自分を護ろうとする存在に出会えた。

アンソニーは、ジルのその崇高なる魂に癒されるような気がした。

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