第21話

 「お前が豪族の雷浩宇なら皇帝を打ち倒せるからと期待して手を貸してやったのに…

 忘れたか?

 運悪く葉大将軍が戻り、焦ったそなたは毒を盛った皇帝やそれを抱えて来た衛兵や内官が全てを見ていたことに焦り…この私に泣きつき。

 あの場で全ての後始末を付けてやったのに。

 未だに皇帝を殺せぬとは!」


 恐ろしい形相で静芳を睨みつける皇太后。

 そこに顔を上げることさえ出来ず静芳はただぶるぶると震えた。


 





 ————大司空だいしくうの娘、柳静芳リュウジンファン

 権力欲の塊の様な父親に従い後宮に入り、今の貴妃の座を手に入れた娘。


 実は離縁された静芳の生みの母方の血縁者が、雷浩宇だった。

 この事実を周囲に漏らすことは皇太后の命により固く禁じられている。

 

 静芳と雷浩宇。二人は似た性格をしており、人より野心が強かった。

 皇帝の座を欲しがっていた雷浩宇は静芳が後宮に上がったと知って、謀反を持ち掛けたのだ。

 

 北の有力な豪族の子息で長男。

 父親が亡き後、全ての権力を受け継いだ。

 それが雷浩宇という青年である。

 まだ20歳という若さだが金も権力もあり、世情の掌握能力も非常に高い。

 

 そんな雷浩宇に惹かれて、今の朱国に不満を持ち、一緒に反旗を翻そうと集まる花冠勇猛かかんゆうもうな猛者たちが絶えなかった。

 

 『俺が皇帝になったら今以上に贅沢をさせてやる。自由に財宝を与えるし、後宮でも高い身分をやろう。

 好きな男もいくらでもやる。

 だから…協力してくれるよな。』


 人心を掴むのが上手い雷浩宇は、静芳が現状の貴妃止まりに不満を抱いていることを見抜いていた。

 しかも皇帝は不能と言われ、一度も床入りしたことが無い。

 皇帝に寵愛されなければ豪華なロク(褒美)も与えて貰えないし、女としてこのまま枯れていくのも不満だった。

 だから静芳はその話に乗ったのだ。

 


 一年前の朱城奇襲の夜————。

 自分しか知らない秘密を餌になんとか皇帝に毒は盛れたが、運悪く葉大将軍の軍が城に戻り、雷浩宇らの隊を討伐し始めた。

 焦って泣きついた皇太后がその場で側近に目撃者の口封じを指示して、内官らを殺させた。

 

 時間があれば皇帝も殺す予定だったが、早々と葉大将軍がそこに辿り着いてしまう。

 全ての計画が水の泡となり、証拠隠滅のために焦った静芳は、その場で意識を失っている皇帝を助けたという演技を始めた。


 あとは…死んだ雪玲妃が問題だと思った。

 もし矢傷を見られて皇帝を庇ったのがバレたら…

 そこで皇太后にもう一度頼み込み、背中に数本の矢が突き刺さった雪玲妃の遺体を、他の内官らと一緒にその場で焼いてもらったのだ。

 彼女は燃えて骨となり、身元不明の戦死者として共同墓地に埋められた。

 だから雪玲妃の遺体が無かったと言われているのである。


 


 …見つかる筈もない。


 あの夜全て運が悪かったがただ一つ。

 【皇帝が毒の副作用で一夜の記憶を失った】ことが救いとなる。

 運はまだ尽きてなかった…!


 皇帝は私が助けたという話をすっかり信じ、元々嫌いだった雪玲妃をさらに憎み、命の恩人と思い込んだ私に愛おしいと囁いた。


 嘘話にすっかり絆されたのだ!

 

 元の貴妃に戻れる上に、寵愛が手に入ると歓喜した。

 しかし皇帝はやれ大切だの、寵愛してるだの周りに漏らすばかりで結局一度も床に召さなかった。


 不満だ!やはり皇帝は不能なのだ!

 これでは皇太后様の願い通りにいかないし、子を授かって皇后を目指すこともできない!

 

 そんな消化不良の感情が静芳を苛立たせていた。


 


 「皇帝が床入りさえすればその首を掻くことも簡単だというのに。

 本当に使えない妃だな。」


 「も、申し訳ございません皇太后様。」


 ぎろりと鋭い視線がまた静芳の方を向いている。


 「今度雷浩宇の征伐から戻ってきたら、必ず皇帝と床入りするのだ。

 どんな手を使っても構わん。

 希望があれば強力な媚薬も作らせよう。

 …よいな?」


 「はい!皇太后様!」


 結局、静芳は一度も顔を上げることなく皇太后に見送られて菖蒲宮を後にした。

 あの憎たらしい姿を思い出して思わず舌打ちをした。


 「うる…さいのよ、化け后め…!

 あんたが皇太后じゃなければ…」


 

 ………皇太后は今の皇帝を憎んでおり、その命を虎視眈々と狙っている。

 歴代続いた朱国の血筋など最早どうでも良いという考えである。

 もし皇太后側の謀反が成功すれば、丞相の金劉帆を皇帝に据える可能性もある。

 

 それに協力して私が得られるものは?

 あまり魅力的ではない。


 ————ならば皇帝を籠絡して何とか太子を産む。

 そして私が皇后となるのだ。

 上手くいけば目の上のたんこぶである皇太后を始末できるかも知れない。

 どちらかと言えばそちらの方が多いに利がある。


 表では協力するふりをしながら皇后の座を狙い、やがてあの女狐もろとも破滅に追い込んでやる……!

 静芳は密かな野心を胸に抱き、一人笑った。

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