第20話

 気にするなと言われても…気にしますよ?


 

 あれ?…私が変なんですか?

 口付けをする事が消毒だと言われて…え?

 あれは誰も気にしない程度の出来事なの?

 まさか影衛隊は当たり前のように口付けを?

 え?違うよね?陛下…雲嵐?



 「ねえ、憂炎様。雪花が変なんですが。」


 あれから本体の軍と合流し、隊の連中と狩で獲った野生動物の肉を煮込んだスープを食べていた。

 そんな中、明らかに様子の変な雪花を見て、空虎は憂炎にぽそっと耳打ちした。


 「心配しないで下さい。雪花が変なのは今に始まったことじゃないですから。あの女人はもう最初からずっと変です。」


 上座に座る憂炎は同じように食事をしながら、雪花に目もくれずに答えた。


 「…それもそうか。」


 あっさり納得した空虎は、小鷹のいる方に食器を抱えていった。


 「それで……何でお前は、にやにやしてるんだよ?」


 「え?ニヤニヤしちゃってる?まずいなあ。俺って隠し事できない性格だから困るねえ。」


 「何のことかさっぱり分からんが、男なら隠し事は貫き通せ。それが男だろ?」


 「やだなぁ!空虎は。相変わらず真面目。

 けどそんな所も好きだよ。」


 「…ゴホッ!」


 同じ歳であるにも関わらず、遊び心のある小鷹とは違い真面目な空虎は、気管に肉を詰まらせ暫く苦しそうに咽せていた。



 




 ————それから事態は大きく動いた。

 影衛隊が雷浩宇を追い詰めたという情報を元に、再び待機場所にしていた岩山の山腹に雲嵐と軍、影衛隊が戻ったのだ。

 しかし山手の方から軍を見下ろす、雷浩宇の余裕のある表情を見て、雲嵐はこの先の狭い道に進むことを躊躇した。


 「どうした?朱国皇帝さんよ!

 今なら俺をぶっ殺せる良い機会だぜ?

 何で躊躇ってるんだよ?」


 「雷…浩宇!」


 「陛下、背後に山の絶壁に身を置く今なら一気にあやつを…」


 「駄目だ、阿群将軍よ。」


 怯む理由はただ一つ。

 山手から雷浩宇の弓兵隊がこちらを狙っていたからである。


 「射てー!」

 「退避!全軍後退しろ!」


 射撃の合図と共に一斉に放たれた、まるで豪雨のような矢が直線を描き、軍の前線部分に降り注いでくる。

 馬は暴れ容赦なく矢を食らい、兵が次々に倒れていった。

 

 実は雷浩宇が得意としているのは弓兵隊の使い方である。

 軍が自由に動けない狭い岩山に誘い込んで尻込みしているうちに、一陣の弓兵隊の矢を降らせ、一時もしないうちに二陣の弓兵隊が構えて再び矢の雨を降らせる。

 その間に一陣がまた補填するのだ。

 敵に逃げる暇を与えないように。

 

 だが今回はいくらかの犠牲は出てしまったものの、雲嵐のとっさの判断により矢の届かない場所まで全軍を退避する事ができた。

 射つのを止めろ、と雷浩宇が合図する。


 「あーあ。皇帝様は勘がいいなあ!

 本当に羨ましい!

 欲しいなあ。やっぱり。

 朱国皇帝、任雲嵐さんよ。

 あんたが座っているその皇帝の座がどうしても欲しいぜ!」


 茶化すように雷浩宇は雲嵐を名指しする。

 雷浩宇の最大の目的。

 それは「朱国皇帝の座」である。

 

 生まれながらにして富や権力に恵まれた豪族である雷浩宇は、欲しいものは何でも手に入れなければ気が済まない、そんな強欲な男だった。


 これまで二人は一度目の戦と二度目の奇襲、そして三度目と顔を合わせたが、雲嵐にはある個人的な恨みがあった。


 「欲しいだと?

 俺から……奪っておきながら……!」


 雷浩宇に幾度となく向けられる雲嵐の激しい殺意。


 「…は?残念ながら皇帝様からは未だなーんにも奪えてないんだけどな。

 今回もこれだけ接近したんだし本当は…」


 本格的にこの目の前の皇帝をぶっ潰したい。

 剣を交えて切り裂きたい。

 俺が最強であることを思い知らせたい。

 この男より俺の方が朱国皇帝に相応しいと全ての民に認めさせたい。

 

 そんな野望を抱く雷浩宇だが、彼には今回ばかりは深く雲嵐の軍に攻め入るのに躊躇う理由が一つある。


 雲嵐を囲う親衛隊の中にいる、女。

 

 ———雪花だ。


 雪のように白い肌で、鈴の様に可憐な声を出す。

 見た目に反して恐ろしく身体能力が高くて、化け物みたいに怪力の女。


 その雪花が皇帝の側にいるのが何とも不愉快だった。


 皇帝の座も欲しいが、あの女も欲しい。

 これまで欲しい女ならいくらでも抱いてきたのに、こんなに乾くほど欲しいと思う者がいたか?

 皇帝の女だから欲しいのか?

 よく分からない。

 

 命を懸けてまで皇帝と刃を交えたい衝動もあるが、とにかく雷浩宇は雪花を傷つけるのを躊躇っていた。

 そうしている間に雷浩宇の側近らと影衛隊が山手の方でぶつかった。

 鍛え上げられた異様に硬い体で、死ぬことを一切躊躇わない空虎がついに雷浩宇に詰め寄った。

 それが空虎が二番隊の隊長である理由だ。

 追い詰められた雷浩宇は仕方なくその場を離れることにする。


 「皇帝さんよ。俺は執念深いんだ。

 何度負けたって諦めないからな。

 いつか寝首を掻かれるんじゃないかと、怯えながら暮らすんだな!」

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