第16話

 まあ、今はそんな事どうだって良い。

 とにかくこれ以上ここに足止めされるのは御免だと、怒る憂炎の顔を想像して身震いした。


 「…とりあえず元気そうで良かったです。

 じゃあ私はこれで!」


 そう言って片手を振り、その場から素早く離れようとするが。

 咄嗟に腕を掴まれてもう少しで後ろのめりに倒れるところだった。


 「なあ!あんた名前は?

 …珍しい服着てるなあ。

 女なのに。」


 「…ちょっと…!」


 男は急に人を引っ張っておいて悪びれた様子もなく、自分と同じ高さの目線になるよう私の足を折らせた。

 …何て自分勝手な男だろう!


 「あんた何?朱国の兵か?女なのに?

 とても戦をするようには見えないなあ。」


 さっきから女なのに、という言葉を連発されると不愉快になる。

 女だから何だというのだ。

 女が兵士になれないという決まりはない。

 ムッと唇を尖らせて、拳骨げんこつしてやろうかと拳を握った。


 「お?怒った顔も可愛いなあ。あははは。」


 人を馬鹿にした様に笑う目の前の男に、私はますます膨れっ面を晒した。

 だが真っ赤になった顔を見せれば、ますます男は面白がる。


 「悪い悪い!からかってしまって。

 俺はランって言うんだ。

 …いいとこのお坊ちゃんでさあ。

 けど途中で追い剥ぎに遭ってこの通り。

 色んなもん盗まれた上に転んで大変だったんだ。」


 自分でいい所の坊ちゃんと言うあたり。

 正体は気になるがこんな男とここで時間を食ってる訳にいかないと、私は再び立ち上がり背を向けるが。

 

 「なあ、あんた名前は?」


 鬱陶しく絡みつく狼と名乗る男。

 まるで蜘蛛の巣のようである。


 「私は雪花です。それじゃあ!」


 面倒臭いと思いつつ、素直に答えてから去ろうと構えたところ。

 狼はケガはどこへやらピョンと小動物のように立ち上がり、私の前に回り込んで立ち塞がった。

 

 座っていた時は分からなかったが私を軽々と超える身長に、体格の良い身体。

 肩は張り、服越しに分かるが腹は割れ、腕は見るからに筋肉質。

 鍛え抜かれた武将のような身体。

 あれ…この人普通じゃないわ、と何かを感じる。


 「…何ですか?」


 「………」


 無言でじっとこちらを見つめる瞳はさっきとは違い、まるで薄暗く濁った池の底のようだった。


 「雪花、お前俺の嫁になれよ。」


 …は?


 「はあ———?」


 胸の内と言葉が一緒になると同時に、私は目の前に立ち塞がり大胆な発言をする狼を、嫌悪感たっぷりに見つめた。

 それを物ともせずに狼は嬉しそうな顔をして言う。


 「あっ。その睨むような目、いいな!

 やっぱり嫁にこいよ!

 言っただろ?俺は金持ちだって。

 贅沢させてやるぜ。」


 何なの!?

 この危ない人は———————————!

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