第14話
この場には似合わない、黒に色鮮やかな刺繍が施された絢爛な衣装を身に纏い、腰元まである長い黒髪を靡かせて悠々と語りかけてきたのは、美しい仙人のような少年だった。
青光りする月明かりがそう思わせたのかもしれないが、とにかく憂炎はその者に息を呑むほど目を奪われた。
少年時代の任雲嵐、その人である。
しかし憂炎はこの少年が朱国太子である事はおろか、こんな場所に仙人など居るはずがないと我に返り、警戒心を露にする。
雲嵐の周りには供一人居なかった。
「誰だお前…っ!」
「…ケガをしているのか?」
見るからにどこかの金持ち貴族の子息だろうと誰もが思った。
何の苦労も知らない様な。
憂炎と似たように少年たちが雲嵐を警戒するも、彼は全くこちらを恐れていない様子。
むしろ憂炎が逃げる時に木の枝で引っ掛けた腕の傷を気にして、労わるような目線を向ける。
「…お前たちは奴婢か?…どこからか逃げて来たのか?」
そのまま片膝をついて憂炎の前に屈むと、雲嵐は持っていた短剣で自身の服の一部を裂き、傷口をその切れ端で覆った。
それには憂炎も空虎らも驚いて目を見開く。
だがこの少年が傷の手当てをしたからといって一体何になるんだと、憂炎は投げやりに思う。
「…大地主の子息が奴婢を集めてとある遊びを始めた。
…同じ奴婢たちを…虫ケラの様に…容赦なく殺っ…!殺して…!」
それまでにあった出来事をぼろぼろと吐き出し、憂炎は死んでいった子供たちを思い出してつい涙を流した。
こいつに奴婢の気持ちなど分かる筈も無い。
どうせあの偉担と似た様な貴族なのだろう。
そう思っているのに。
「大地主?…この辺りなら粗灘か。
子息なら偉担だな。」
「…知ってるのか?」
「…泣くほど悔しかったんだな。馬鹿者の外道な行いだったんだろう。」
こちらからの質問には答えず
「ああ、悔しかったさ…!
それ以上に…自分より小さい子たちを見捨てることしか出来なかった自分が嫌だった!
…助けたかった…!でも怖かったんだ…
生きる価値もない奴婢なのに生きたいと願ってしまった…俺は卑怯者だった…」
腕の傷口から流れていた血が止まったのを確認し、雲嵐は立ち上がる。
「生きたいと思うことの何が悪い。
それは貴族だろうと奴婢だろうと関係ない。
恥じる必要などないんだ。」
雲嵐は長い髪を揺らし、青白い月を見上げる。
その口から淡々と語られた言葉は、これまで人間扱いされてこなかった憂炎や空虎、小鷹らにとってはかなり衝撃的なものだった。
「…やはり奴隷制度は無くさなければならない。人は同じ様に尊いものだから。」
「…何だ、お前…一体何なんだ?」
言ってることの理解が追いつかず、憂炎らは混乱して皆似たように雲嵐を見る。
それから再び憂炎のそばに腰を下ろした雲嵐は、周りには決して聞こえないくらいの控えた声で囁いた。
「これで———拭くといい。」
「何だと…」
渡された服の切れ端が何を意味するのか、その言葉で理解した憂炎は顔を真っ赤にした。
先程の放牧場から逃げる時に恐怖で催し、衣服が濡れていたことを気づかれていたのだ。
何とも情けなく恥ずかしいことだと憂炎は顔を伏せる…だが喚く気力すらもう残されておらず。それを無遠慮に奪い取る。
「汚くて情けないと思ってるんだろう。」
「まさか。自然現象だ。誰だってするさ。」
…変なやつだ。何事にも動じない。
一体この者は何なんだろう。
汚い物を汚いとも口にしない。
奴婢が生きたいと思うことを恥だと思う必要もないと言う。
こいつと話していると、まるで自分たちが生きていても良いように思えてくる。
「お前たちは生きたいから此処にいるんだろう?
…ならば俺の手となり足となると誓え。
そうすれば生きる道を用意してやる。」
何の冗談かと思ったが。
呂色の瞳は真摯にこちらを見つめていた。
そこに存在するだけで誰よりも気高い空気を纏っている。
…生きていてもいいのだろうか?
この少年に着いて行けば俺たちは生きれるのだろうか?
…生きたい。
…生きて、なぜこの世に生まれてきたのか、その意味を知りたい。
良くは分からないが、この者はその答えに導いてくれる気がする。
「…分かった。お前に忠誠を誓う。俺はお前の手となり足となると約束する。」
憂炎はそうする事がまるで宿命だったかのように、その場に跪いて雲嵐に忠誠を誓った。
また、周りにいた空虎や小鷹ら生き残った少年たちも、同じようにこの時雲嵐に忠誠を誓った。
「…お前、名前は何という?」
そう言ってようやく年相応の少年のように笑った雲嵐の顔を、憂炎たちは今も鮮明に覚えている。
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