第13話

 ———眠っていた私に雷を落としたのは空虎でも小鷹でも憂炎でもない。


 怒り浸透と言った顔をした雲嵐……陛下である。


 「ったく!いつまで寝てるんだ?雪花!

 俺の手となり足となると約束したくせに君主より寝るとは!まだ起きないつもりか?」


 ぼんやりと薄い布団を這い出ながら、すでに軍服を着て出立の準備を整えた見目麗しい雲嵐を凝視する。

 

 …何で雲嵐てばこんなに怒っているの?

 一晩中眠れなかったのは誰のせいよ?

 と思うがそんな事を言える相手ではないので口をつぐみ、ただし少し仏頂面になる。


 それを見ていた小鷹が「ぶふふ!」と品良く吹き出した。

 その隣には空虎がいて、さらに隣には睨みを効かせる憂炎が立っていた。

  

 何で天幕に雲嵐始め、こんな人がぞろぞろいるの?

 …いくら私が女扱いされてないとは言え。

 私は珍獣じゃないんですけど?


 妙に怒り浸透だったがそれを上回るほどの憂炎の——————


 「早く起きるんだこの阿呆が!」


という無言の微笑み(殺意)に気圧されて飛び起きた。

 それを見ていた小鷹が更に面白がり、腹を抱えて失礼千万で笑っていた。





 ・・・・・━━━━━━━━━━━・・・・・



 ———出立し、暑い陽が容赦なく降り注ぐ頃、ようやく火藍に近付き、軍は縦長に隊列を成して進む。

 しばらく行けば朱国の県令長の治める要塞もある。

 しかしそれまではとにかく岩山の多い土地が続いていた。

 この征伐軍は阿群アーチュン大将軍が先頭で歩兵、騎兵と弓兵そして影衛隊の合計、九千人あまりの軍を率いていた。

 小さい頃からの顔見知りである雲嵐はその阿群大将軍にも昨夜の件でしこたま叱られ、結局、守りの盤石な隊の中央に押しやられている。

 

 その殿しんがりを守る影衛隊の中で馬に騎乗する空虎は同じく騎乗する小鷹の隣に、すっと並んだ。


 「…なあ。何でさっき陛下があいつのいる天幕にわざわざ来たんだ?」


 「あいつ?ああ、雪花ね。んー。そうだねえ。

 ほら、俺たちが冗談で雪花のいる天幕に行こうなんて言ってたのをたまたま聞いてたんじゃない?」


 「…だからって何で陛下が自ら雪花のいる天幕に来る必要があるんだよ?」


 戦においてはかなり優秀な空虎だが、そういった人の細やかな心情には少し疎い。

 

 「んーーー…?

 俺らに雪花の可愛い寝顔を見られたくなかったから…とか?」


 「…何でだよ。意味分からん。」


 「…人に恋したことがないお前に説明するのは難しいねえ。」


 そう言って茶化すように笑った小鷹に、空虎は顔を真っ赤にして吠えた。


 「何でだよ!」


 そんな普段と変わらない気の抜けたやり取りをしていると、険しい顔した憂炎が割入ってくる。


 「空虎に小鷹…ふざけてないでちゃんと周囲を警戒して下さいよ?

 今度また昨夜のようなことが起きたら、影衛隊は腹を掻っ捌いてみんな死ぬことになりますよ。いいんですか?」


 「憂炎様、はーい!」

 

 「はい…っす。」


 物騒な物言いで、しかし部下に対してもほぼ敬語を使いながら脅す憂炎。


 小鷹のやけに明るい返事と、空虎の煮え切らない返事を聞き、大して納得した様子もないが、また颯爽と列の中へ戻っていった。


 「やばあ。やっぱり憂炎様が一番恐ろしいね。」


 「…ああ。妙に堅苦しいところ変わってねえよなあ。」


 そう言って空虎が隊を凝視すると、小鷹は背後から「お前もだろう。」と口には出さずに笑った。

 

 「…それにしても。陛下が単独行動が好きなのも昔っから変わんねえな。」


 「ふふ。本当に。あの方はいつも——————

 どこで何してんのか謎のとこあるよねえ。」

 

 二人は雲嵐の日頃の行動を思い出して尊ぶような、または諦めに似たような声を出し、隊の中に潜り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る