第12話

 「…陛下。」

 

 「…なんだ。まだ何か言う気か憂炎。」


 うんざりとした表情をして雲嵐は面倒臭さそう呟いた。

 

 あれから夜通し捜索していた影衛隊は、ようやく雲嵐達を見つけて陣に戻った。

 直後に仁王立ちして怒りを露わにする憂炎に、恐ろしく長い説教を喰らった後のことである。


 眠り呆けていた雪花もまた憂炎に大説教を喰らい、ただでさえ頭を痛めていた。

 けれど一先ず皇帝を無事に保護していた事などを考慮されて仮眠するように命令され、一人天幕で死んだように眠っていた。


 それとは別の天幕で憂炎の説教を受け続けていた雲嵐は、彼に対し内心面倒臭いやつめ……と考えていた。


 相変わらず後ろで両手を組み、堅苦しく仁王立ちする憂炎は言う。


 「陛下…一晩中、雪花とご一緒だったのですか?」


 「…そうだが?」


 目線も合わさず雲嵐がそう答えると、少しピリッとした重苦しい空気が流れる。


 「…その…何もありませんでしたか?」


 「…何もとは何だ?」


 「…その。雪花は一応女ですし…その一夜の過ちのようなものがと…」



 後半の言葉を気まずそうに濁す憂炎に対して雲嵐は突然、せきが切れたように笑い始めた。


 「あはははは!俺があの女と一夜の過ちをだと?

 何を馬鹿なことを。

 あんな…化け物のような身体能力をした者を女と見るはずもない。

 …余計な心配をするな憂炎よ。」


 それこそが下らない憶測だと笑う雲嵐に、どこか安堵する憂炎がいた。


 …そうだ。

 何を心配している。

 全部、杞憂きゆうだ。

 雪玲妃は死んだのだ。

 しかも陛下は今も雪玲妃を憎んでる。

 …それなのに、彼女に似た雪花を…等と考える事自体間違いなのだと、憂炎は自身の気持ちを落ち着かせる。


 ようやく本来の守備報告を済ませ天幕を出た憂炎は、一人思いを巡らせた。


 雲嵐が強いのも分かるが、これでは何のための影衛隊なのかと反省する。

 もう一時も目を離すことは許されない。

 影衛隊は、皇帝の影であり盾。

 あの時救われた命を捧げると、憂炎は誓った。


 なのに朱国皇帝の命を二度も危険に晒した失態…

 三度目はない。

 しかも不本意ながら憂炎たちは、怪しい雪花に借りができてしまった。


 とんでもなく渋い顔をして憂炎は舌打ちをしたが、自分では全く気づいていない。

 



 ————その憂炎の様子を、離れた天幕の影から見守るのは空虎と小鷹の両名だった。


 「…なんかさ。結局、雪花が陛下を救ったってことが拍子抜けだね。」

 

 まるで期待していたものを裏切られたかのように残念がる小鷹をよそに、空虎は腕を組みながら眉間にシワを寄せた。


 「…うーん。ますます分からん。」


 雪花を皇帝の害になる黒だと見ていただけに、余計に混乱している。


 「……しかし今回のことで雪花に借りができちゃったよね?影衛隊は。

 これじゃあ威厳も何もあったもんじゃないよねえ。」


 「…そうだな。せめて陛下が単独行動をする時は、憂炎様か、副隊長のお前か俺を付き添わせるくらいないと駄目だってことが、よおく分かった。」


 「…だよねえ。あの方の強さ…俺たちくらいしか知らないけど。

 いつまた一年前のようなことが起きるとも限らないし油断大敵だよね。」


 「ああ…」


 二人はそのまま足音も立てずに、次の目的地のために準備を始めた陣の方へと足を引き返していく。

 その途中、とりあえず早く雷浩宇を倒して帰ろうぜ、と空虎が真面目な顔をして言うと。


 「ねえ、それよりさ。雪花を起こしに行こうよ〜…ね?」


 何だか妙に嬉しそうに小鷹が言うので、空虎は呆気に取られた。


 「…お前って本当に。わけ分からん男だよなあ。」


 「やだあ!空虎褒めてんの?照れる!」


 何でも前向きに捉える思考の小鷹が正直時々羨ましいと、空虎は溜息を吐きながら思った。

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