〈皇帝の秘心〉

第11話

 〈泣かないでいられるように、ずっとあなたを守ってあげるわ。〉


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 雪玲。

 君はもう十分僕を癒してくれている。

 見失いそうだった心の在処ありかを、君が暖かい光のある方向へ導いてくれたんだ。

 

 ありがとう…優しい雪玲。

 大好きだよ。

 君はずっと変わらないでいて。

 

 約束する。この先僕は必ず皇帝になる。

 けれど父のような戦争を好んで個人を搾取するような、非道な皇帝にはならない。

 僕は皇帝になって誰も泣かないような、そんな国を作るよ。

 守ってくれた君を今度は僕がしっかり守るんだ。

 だから…その時は雪玲、必ず君も側にいてほしい。



 ————けれど神は、この世は何て無情なんだろう。


 雪のように白い肌が真紅に染まる。

 僕が送ったかんざしを嬉しそうに握りしめた君の顔が苦痛に歪んでいる。

 ぬめぬめとした生々しい血の感触が掌にこびり付いた。


 「駄目だ、雪玲…駄目だよ、行かないで…駄目だ…雪玲———」


 「大丈夫…雲嵐。どこ…行かないわ…泣かない…で。う、んらん…笑ってる顔が好きよ…」


 そう言って微笑む雪玲がかえって痛々しい。

 懸命に泰然の名を呼ぶ。

 早く雪玲を助けてくれと泣き叫ぶ。

 行かないでと。

 逝かないでと。

 僕を置いていかないでと————————。




 …はっと目が覚める。

 よく見るとぼろ切れのように裂かれた薄汚れた天幕が、登り始めた朝日によって外側から紅く照らされていた。

 隣を見ると雪花が…こちらの手をしっかりと握り眠り呆けている。


 それを見た雲嵐は声も立てずに、くすり、と笑い雪花の細い躰をゆっくり抱き上げる。

 夜通し何度も雲嵐の寝言に起こされて心配で眠れなかった雪花は、今しがた入眠したのでそう簡単には起きそうもない。


 まさか自分の躰が朱国皇帝に抱き抱えられているとは露にも思わず、深い寝息を吐いていた。


 そのまま雲嵐はさっきまで自分が寝ていた寝床に雪花をそっと横たわらせる。

 頬に艶やかな黒髪を垂らしたその寝顔を雲嵐はしばらく傍観し、そして柔らかいその頬に唇を落とした。

 誰も見ていない二人きりの天幕の中で———。

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