第9話

 それからどれくらい経ったのか。


 結局、私は雲嵐の眠る寝床より少し離れた場所で片膝を抱き、うつらうつらと首を揺らしながら寝ていた。

 初めは緊張して全く眠れなかったが、いくら化け物染みた身体とは言えさすがに睡魔には勝てなかった。しかし———




 「……い、…くな。

 たの…む…いか…ないでくれ…」


 苦しそうな呻き声に、朧気に目を覚ます。


 雲嵐…?


 重たい瞼を開くと、暗順応あんじゅんのうですぐに目が慣れてくる。

 視界が良好になると、寝床で雲嵐が苦しそうに悶えているのが見えた。

 

 

 

 「…陛下?」


 慌てて側に駆け寄り、顔を覗き込むが本人に意識はなかった。どうやら寝言のようだ。


 何か悪夢を見ているのだろうか?

 こんなに苦しそうにして。

 

 「…たの…から…いか…いで。」


 ————何か大切なのを追いかけるように雲嵐は手を伸ばす。

 行かないでと、何度も切なそうに声を上げる。


 「…どこにも行きませんよ陛下。

 私はここにいます。」


 その冷たく強張った雲嵐の手を、私は思わず両手で包み込むように握りしめていた。

 すると、雲嵐のさっきまでの苦痛に満ちた表情が速やかに晴れ渡る。


 「…そう…よか…った……」


 雲嵐は深く息を吸い込んで、何事も無かったかのように規則正しい呼吸を始め、また眠りについた。


 行かないで、とは行って欲しくない誰かのことだろう。

 一体誰の夢を見ていたのだろうか?

 雲嵐が苦痛に顔を歪める姿などあまり見たことがない。

 よほど辛い悪夢だったのだろう。

 

 ———私が側にいるから大丈夫。

 大丈夫よ、雲嵐。

 

 そんなことを思いながら次第に温まっていく雲嵐の手を、より強く握りしめた。








 ———————今も時々夢を見る。


 「雲嵐よ。お前なんか生まれなければ良かったのに。」


 そう言って俺の首を締め付ける母親で、皇帝の妻であり、皇后であった、氷水ビンスイのことを。


 この国に無理やり嫁がされて子を生まされた彼女が、死ぬほど俺を憎んでいた頃の夢を—。

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