第9話

 そうして幾つかの戦争で置き去りとなっていた古い天幕を見つけ、精も根も尽き果てた雲嵐を担ぎそこに雪崩れ込んだ。

 

 幸いにも天幕には寝床になるような板間や布切れなどがあり、これなら一晩は過ごせるだろうとなった。

 暗闇で無闇に動き回れば獰猛な獣に襲われないとも、征伐対象の雷浩宇に見つからないとも限らないからだ。

 

 それにどうやら雲嵐は背中から落ちてケガをしたらしい。

 ならばもう夜が明けるまではここで一晩過ごした方がいい。

 幸いにも傷などに塗る薬草袋を持参している私をどうか褒めてほしい!と思う。


 ———ところが、いざ薬を塗るという段階になった時、急に二人きりだという現実を意識して私は固まってしまったのだ。





 「…何を緊張している?」


 「し、していませんけど!」


 「早く薬を塗ってくれ。」


 「ひっ…!」


 妙な声で体を震え上がらせると、雲嵐はこれまで以上に冷淡な目を浮かび上がらせた。

 緊張でガチガチな私の様子を見て深々と溜息を吐く。

 

 「…馬鹿なやつだな。

 お前なんか女の、おの字も感じない。

 変な意識なんかせずに早く薬を塗ってくれ。」


 そう言って雲嵐は後ろ向きになり、するりと衣服を下ろした。

 馬鹿と言われて少しむっとするが、すぐにその怒りは収まる。

 くっきりとした背骨を中心とした、象牙色の背中に目が釘付けになってしまったせいだ。

 

 肌はとても美しいが色んな傷がある。

 切り傷に擦り傷。

 深い傷…最近できたような傷から古い傷の様なものまで…

 雲嵐、あなた…?

 雲嵐はその端にあるまさに今夜できたばかりの、赤らんだ切り傷を手当てしろと催促している。


 「で…では失礼します。」


 ごくりと生唾を飲み込んで、少し濡れ湿った薬草を手に取り、背中に触れて患部に塗り込んでいく。


 「っ…!」


 「痛かったですか!?」


 「…構うな…続けろ。」


 本当は痛いくせに強がっちゃって。

 とは口が裂けても言えないが、雲嵐の逞しくも痛々しい背中を見ながら、私はふと前世の懐かしい記憶を思い浮かべていた。


 まだ雪玲だったずっと幼い頃にもこうやって雲嵐の背中の傷を手当てしたことがあった。

 強い兄のような人だと思ってたけど、あの時は雲嵐も…泣いていたような気がする。

 

 「…終わったのか?」


 「は、はい。」


 「…なら良い。明かりを消せ。明朝にはここを立つからもう寝るぞ。」


 「…はい?へ、陛下?…私はその、どこで寝れば…?」


 雲嵐は治療を終えると、感謝の言葉もなく服をさっと着直す。

 そうして躊躇いもせず汚い寝床に横になった。

 その場に正座して阿呆そうな顔をする私が尋ねると、振り返って鬱陶うっとうしそうな表情を浮かべ、一言吐いた。


 「…知るか。お前は一晩中寝ないで見張ってろ。」


 …いっ………いじわる!!!

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