第5話

 ———皇帝の執務殿。

 煌びやかな城の外観とは違い、雲嵐の部屋には乱雑に置かれた重要な書類や、おびただしい数の諸公らによる嘆願書や、税金に関する地方貴族からの陳情書などが並んでいた。

 

 ようするに華やかさの・はの字もない。


 唯一煌びやかであるとするならこの世で最も偉大とされる皇帝・雲嵐の着ている龍袍りゅうほうで、金糸などで鮮やかな龍が刺繍されていることくらいだ。


 「祭事でもないのに堅苦しいな。」


 と雲嵐はぼやくが、側で支えている憂炎は。


 「皇帝の威厳のためです。」


 と、抑揚なく答える。

 そうしている内に雲嵐は業務の手を止め、側に佇む憂炎に尋ねた。


 「…あの女はどうだ?」


 「雪花ですか?…今日の午後に隊の連中と訓練に参加させました。

 女とは言え隊にいる以上は鍛える必要がありますので。」


 「…それで?」


 「…正直…強いです。

 記憶喪失とは言え武術でも習っていたのでしょうか。

 数人を相手にさせましたが皆倒してしまいました。…はっきり言って女とは思えません。」


 「そうか。」


 聞いておきながら冷然と答えた雲嵐は、再び目線を落として事案書をめくる。

 

 陛下はあの女人の強さを一目で見抜いたというのだろうか?という、いささかな疑問をぶつけたくもなる。

 憂炎は我慢していたものを吐露とろするように雲嵐に尋ねた。


 「…陛下はなぜあんな…雪玲妃に似た女を側に置くのですか?」


 予想に反して雲嵐の手が止まる。


 「似ているから置くんだ。

 あの憎い悪女を忘れないように…!」


 珍しく感情を剥き出しにした雲嵐に威圧され、憂炎は肩をすくめた。

 

 一年前に毒を盛られ、暗殺されそうになったあの夜から、雲嵐はこのように誰に対しても猜疑心さいぎしんを持ち、神経を尖らせるようになってしまったのだ。


 「…申し訳ありません。出過ぎたことでした。」


 憂炎は自分の失言を素直に謝罪し、一歩身を引いた。


 

 やはり雲嵐が、自分を敵に売って殺そうとした雪玲を憎んでいるのは変わっていないようである。

 だからこそ、あんなにも亡き雪玲妃に似た人物を側に置くのが、今後どう影響するかが分からない。

 

 しかも雪花は記憶喪失だと言いながら、なぜ元大尉の武泰然を知っているのか疑問が残る。

 とにかく怪しさしかない。

 そうなると、つまりは誰かの密偵か、または雲嵐の命を直に狙う者かに限られてくる。

 とにかく。

 これからは雪花を注意深く見張る必要がありそうだと結論づけて、憂炎はいつも以上に険しい顔をした。


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