第2話
祭事の前に皇帝が休息する場所として使われている黄神殿の前に雲嵐は座り込んでいた。
すでに城門付近の壁の向こう側では、兵や敵勢力の争う声や足音がし、焦げ臭い煙の匂いが充満していた。
すぐ近くの門を少数の兵や内官らで守っていたが、敵勢に今すぐに破られてしまいそうである。
「…陛下…!!」
「…雪玲…?…なぜ来た!!」
私の顔を見るなり雲嵐は、怒りを
そんなに嫌われているのかと少し怯むが、雲嵐の顔色の悪さの方が気になり、怒られても別に構わないと側に駆けつける。
「まさか、毒を盛られましたか?」
「ああ…恐らく。だが少量だ。死にはしない…動けないだけだ。」
「それでは困ります、もう敵が近くの門前に来ています。
私のことはお嫌いかもしれませんが、どうかこの薬草をお飲み下さい。
毒の種類に関わらず、毒を一時的に中和させる薬草です。」
そう言って私は、首から下げた薬草袋を取り出し、雲嵐の口元に運ぶ。
後宮ではいつ命を狙われるとも限らないからと、父が私に持たせたものだ。
要らない、と青い顔をして拒絶する雲嵐に、わがまま言わないで下さい!と怒鳴った。
乾燥した粉末状の薬草は思いのほか不味かったらしく、毒のせいで雲嵐の青白い顔がさらに青くなってしまった。
「陛下、このまま後ろの青神殿にお進み下さい。
それから清殿を通って、一度角楼に出てから右に折れれば、そのまま一番近い東門まで出られます。」
「…そんな事分かって…」
「誰か、陛下の玉体を抱えて下さい!
もう西門は持ちません、すぐに向こうの東門まで逃げるんです!」
門を防御していた兵達にそう言うと、数名が駆けつけ、朦朧とする雲嵐の両脇を抱えた。
「雪玲…お、…お前の助けなんか要らないから…
お前も早く…逃げ…ろ。」
顔色の悪い雲嵐は喋るのも一苦労と言った様子だったが、それでも悪態をつこうとする様子がこんな時なのになぜ愛おしいのだろうか。
———もっと早く静芳様の情報が分かっていたら。
残っていた数人の兵が必死に守っていた門がついに破られる。
「…いたぞ!あれが皇帝だ!」
「打ち取れ…!」
よほど雲嵐の首を早く打ち取りたかったのか、先導していた髪の長い男が指示すると、弓兵隊がこちらに向かい弓を引いた。
朱城の壁の煤けた煙を背景に、直線を描いた数十本以上の弓矢の雨が
…駄目だ、雲嵐はこの国の皇帝なのだ。
雲嵐の治める国はきっと明るいに違いない。
幼少の頃に恋に落ちてから。
好きと告白する機会はなかったけれど。
愛しい雲嵐。
絶対に死なせない。
死なせない。
この命に変えても守ってみせる………!!
「…雪…玲……?」
「…はい。陛下……」
あれ、そんな顔しないで欲しいのに。雲嵐。
私のことは嫌いでしょう?
嫌われるようにしちゃったものね…
でも、いいの。
いいのよ、雲嵐。
あなたが生きてさえいれば………
「…駄目だ、雪玲っ、駄目だ…逝くな……!駄目だ…!!逝ってはならぬ…まだ…何も言ってないのに……雪…玲………」
…一体いくつの矢がこの身を貫いたのだろうか。
とにかく背中が燃える様に熱かったし、大量に血を吐いてしまった。
何人かは私と同じように背中に無数の矢を受けて倒れていたけど…
確かに私の前にいた雲嵐が助かって、兵に抱えられて青神殿の中に消えていくのを見た気がする。
良かった…………
雲嵐が助かって本当に良かった。
最後に大好きなあの人を守る盾になれた。
だから…愛おしい雲嵐の後ろ姿を目に焼き付けながら私は瞼を……ゆっくり下ろしたのだ。
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