第2話

 ———西の城門の辺りが夜闇にも関わらず、赤く染まって見える。

 あれが夕刻に沈んだ太陽でないのだとすれば、おそらく戦火だ。

 この朱城に何らかの勢力が攻め込んできている。

 もしかして噂通り雷浩宇の……!?


 異変に気付いた私は、宮から飛び出て西門の方角に上がる煙を確認した。

 つい一昨日、北部の朱国県境に設置されている各砦を雷浩宇らの軍隊が襲っているという情報が入った。

 その討伐のために大将軍や父らが大規模な数の禁軍を動かし、出征したばかりだった。

 

 朱国最大の軍が城を留守にした今。

 今から急いで伝令を飛ばしても、引き返してくるのは明後日みょうごにちだろう。

 優秀な武将もいないこの城に残されたのは、皇帝と護衛のわずかな兵、後宮の側室や内官たちだけ。

 明らかにこの時期タイミングはそれを狙ったもの。

 まさに宮廷の内部事情を流す内通者がいる証だと、煙の立ち込めた空を恨めしく見上げる。


 「敵襲ーーー!」

 

 という声がやぐらから聞こえ、警鐘が鳴り響く。


 「雪玲様…!どうかお逃げ下さい!雷浩宇らの兵が城に攻め込んで来るようです!」


 夕刻に使いに出ていた林杏が、慌てて宮の外から私を探しに戻ってきた。

 他の宮からもたくさんの宮女や側室、宦官などが東の三つの城門前に雪崩のように押し寄せ、場は混乱を極めていた。

 

 昔から父の仕事の関係で勇猛な武将たちと接する機会が多くあった私は、どんな時でも冷静さを欠くことはいけないと教えられてきた。

 それが正に今なんだろうと冷静に思う。


 「林杏!皇帝陛下はどこかしら?」


 「陛下ですか?陛下なら一足先にお逃げになったのを見ました!確か貴妃の静芳様と一緒に、黄神殿の蓮池の方角へ…」


 静芳様と?

 

 黄神殿の蓮池はそれこそ西門に近い方角だ。

 罠だ…!

 やはり内通者は静芳様だったのね。

 陛下…雲嵐が危ない…!!


 「雪玲様??……どちらへ行かれるのですか!?」


 「大丈夫よ林杏、心配しないで。

 あなたこそ無事に城から出るのよ!」


 「雪玲様…!!」


 私の名前を必死に呼ぶ林杏の声と、西門の付近で騒がしくなる声とが入り混じる。

 城壁の向こうの彼方此方あちらこちらで護衛兵と敵勢力がかち合い、剣をぶつけ合う音がしていた。

 各所に火が放たれ、あらゆる場所から煙と炎が立ち上っている。


 必死で西門を目指しているその時に、真正面から来た誰かにぶつかった。


 「…静芳様?」

 

 「雪玲妃?」

 

 驚いた様にこちらを見た貴妃、静芳。


 「どこへ行くの雪玲妃。西門は危ないわ。逃げるなら向こうよ。」

 

 「陛下は?静芳様、……陛下はどちらですか?」


 その質問に静芳はついに堪え切れないとばかりに唇の端を吊り上げて、くっくっとわらい始めた。


 「なあに?あなた、まさか陛下を助けようとしてるの?

 そんな事してももう遅いわよ。」


 「静芳様…!この事態を引き起こしたのはあなたですか…!

 陛下に支える身でありながらなぜですか!」


 分かっていたとは言え、いざ暴露されると激しい怒りが込み上げてきた。

 事実上、側室の最高位である貴妃なのに一体、何が不満なのだろうと。

 

 「あら、やだ。

 後宮の悪女と言われて陛下に嫌われてる貴方がまさか、あんな不能の皇帝が好きなの?」


  「ええ、好きですよ!それが何ですか?」


 これまで雲嵐に散々悪態をついて置きながら、本人のいない前では堂々と好きだと宣言する私に、静芳は少し面食らったようだったが。


 「私はね、今以上に高みを目指したいの。

 今からそれを叶えてくれる人が現れるわ。

 だからね、もう朱国の皇帝は要らないのよ。

 分かる…?」


 「……分かるわけないでしょう!!」


 後宮の悪女は私じゃない、あいつだわ!

 

 そう思いながらも問い詰めている時間すら惜しいと、私は静芳を振り切って西門の方へと走った。

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