私を殺して

 「まー、今はあの馬鹿に勘のいいキリクス様のせいで、まずい流れになってるからね。

 その流れを変えるために、ここに来たのよ。」



 「…私を殺しに来たの?口封じのために?」



 「あは!まさか!今そんな事したら余計に疑われるに決まってるじゃない。

 だから、お姉様にチャンスをあげるわ。」



 「何言って……」



 腰を低くしたエリスが、笑いながら何故かこの牢屋の鍵を外した。



 「さあ、お姉様。憎い私を捕まえてご覧なさいよ。」



 キイッという甲高い音と共に、目の前の鉄の扉が開いた。

 それと同時にエリスが出口に向かって走り始めた。

 不気味な笑い声が、深い闇の中へと消えていく。



 「一体どういうつもり!?エリス!」




 *



 皇室の中は驚くほど静かだった。

 1人の衛兵の姿もない。こんなの異常だ。

 これも全てエリスの仕業なんだろうか。ユースティティアは暗がりの中を進んだ。



 駆け込んだ部屋はエリスの寝室だった。

 中は薄暗く、エリスの姿は見当たらない。

 だが確かにここに入って行くのを見た。



 何が目的なのかは分からないが、放置する事も危険だと判断してこの場まで来たのに。



 「……エリス?」



 「うふふ。相変わらず馬鹿なお姉様。

 あのね、お姉様。疑惑を晴らす最も手っ取り早い方法があるのよ。」



 「え?」

 


 カシャンと何かが床に落ち転がる音がした。

 部屋にあった筒状の灯りのスイッチを入れると、仄かな明かりが辺りを照らした。

 ふと、足元に転がっていたそれを拾った。

 



 何かの液体のようだ。

 それと同時に苦しそうな呻き声がして、何かが近くでドサッと倒れた。



 「エリス……?」






 「ユースティティア……!!!」



 その声と同時に部屋の扉が開け放たれ、一斉に魔石の眩しい光が中を照らした。

 思わずユースティティアは顔を顰めた。



 「エリス様…!!殿下、エリス様が倒れています!!」



 興奮気味にそう言ったのは、ユースティティアに暴言を吐いた、あの騎士の男だった。

 部屋の前にはキリクスだけでなく、大人数の騎士達がいた。

 


 ユースティティアの足元に倒れていたのは、エリスだった。

 口の端から血を流している。

 騎士団の男がユースティティアを突き飛ばし、倒れたエリスを抱き上げた。



 「どうやらエリス様は毒薬を飲まされたようです!殿下!」



 (え………?)



 「すぐに医者の元へエリスを運べ!

 何としてもエリスの命を救うのだ!」



 「殿下!ユースティティア様が毒薬の瓶を握っています!

 あの瓶は、アドニス様が亡くなられた時に部屋に落ちていた物と、全く同じです!」




 「……ユースティティア……おまえ!!!」




 ユースティティアの手には、さっき拾った空の瓶がしっかり握られていた。




 キリクスの激しい憎悪がユースティティアの目に焼きついた。その冷たい瞳に射殺されそうだ。







 (——————エリス

 あなたの狙いはこれだったのね)






 目的のためなら自らも毒を飲む。

 きっと周到なエリスの事だから、解毒剤も近くに準備しているはずだ。




 この状況証拠だけで、ユースティティアを十分にアドニス殺しの犯人へと押し上げる。




 それでユースティティアに全ての罪を着せるつもりだ。




 「ユースティティアを捕まえろ!!!」

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