私を殺して

 ———ある日の静かな夜だった。

 


 嫌な予感がしてユースティティアは目を覚ました。

 ベッドから起き上がり、冷たい鉄格子を掴む。

 そこから見える向こう側の牢番が、全て眠らされている事に気がついた。



 目の前にすっと、一人の影が差した。

 深くフードを被ったエリスが、そこに立っていた。

 闇の魔力を纏っている。それで牢番を眠らせ、この場に侵入したのだ。



 「エリス………!」



 「しー、静かにしてよね、お姉様。」



 「あなたこんな夜更けに一体何を?

 なぜ牢番を……」



 キリクスの集めた証拠により、裁判でエリスは今不利になっている。

 なのにこんな時に、こんな怪しい行動を起こして、一体何がしたいのだろう。



 フードから覗く金の髪。灰色の瞳が相変わらず、外見だけは聖女のように美しく輝いていた。



 「エリスあなた……あなたがアドニス様を殺したのは分かっているのよ。

 そして、彼を殺した理由も。」

 


 「あら?さすがお姉様ね。アハハハ。」


 

 あっさりとエリスが罪を認め、しかも何でもないという具合に笑っている。

 アドニスを殺した事に何の罪悪感もないのだろうか。



 少なくとも2人は夫婦だったのに。

 この女は本当に残酷だ。



 「じゃあ、私が何で殺したかの理由も分かってるのね。

 そうよ———私は皇太子妃になりたいの。

 だから…皇太子から一皇子に降格したあのアドニス様は要らなくなったのよ。

 本当に残念だわ。」

 

 

 そう。

 ———エリスの目的はただ、皇太子妃になること。



 いずれはこのザインの皇帝となる人と結婚したいだけだったのだ。



 そのためなら、皇太子の資格を失って邪魔になったアドニスを毒殺する事も厭わなかった。


 

 彼女はアドニスを愛してもなければ、キリクスを愛してもない。

 

 


 エリスはただ権力が欲しかった。

 そして、そのために邪魔なユースティティアを消す方法をずっと探していたのだ。




 「アドニス様は本当に残念だけれど、キリクス様と婚約できれば私はいずれこの国の皇妃よ。

 皇后にだってなれるわ。

 あんたは罪を被ったまま惨めに処刑されて…

そして真実は全て闇に帰すはずだったのに。」



 残念だとエリスは弧を描いて瞳を細めた。



 つい最近まで自分の夫だった人を殺す事を、まるで虫を殺すような感覚で言う。


 

 「それが、今自分の立場がちょっと微妙になってしまっているのよ。

 キリクス様が余計な事をなさるものだから。

 全く、困ったものだわ。あの雑種。

 もしも皇太子にならなかったら、すぐに殺してやったのに。」



 「エリス………!」



 横暴な言葉に怒りを覚え、ユースティティアグッと鉄格子を掴んだ。



 「ああ、怖い。そうよ、お姉様はずっとキリクス様をお慕いしていたものね。

 けれど残念。だってキリクス様は私の婚約者になったのよ。

 私に夢中な彼だもの。彼、お姉様を一度もお抱きにならなかったのでしょう?

 アドニス様との子ができなくて本当にラッキーだったわ。

 キリクス様とならきっと、すぐに子ができるわね。

 お姉様の分までたっぷり愛されてあげる。」



 勝ち誇ったようにエリスは笑う。

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