キリクスとの結婚

 *



 「頼むから側に寄らないでくれ。」



 それが新婚初夜に、ユースティティアがキリクスに言われた言葉だった。



 皇族の義務である以上、この夜だけはどうしても共に過ごさなければならなかった。



 ユースティティアはキリクス様の側にいるだけで幸せだった。

 初めから期待などしていなかったが、それでもこの時は少なからず傷付いていた。




 「…それでは私がそちらのソファに寝ますのでどうぞ、こちらのベッドをお使い下さい。」



 そう言うとキリクスは怪訝そうな顔をした後で、深い溜息を吐いた。



 「何の冗談だ。俺に優しさなど必要ない。

 気遣いは無用だ。早くそちらで休んでくれ。」



 「…分かりました。それでは、おやすみなさいませ。」



 ユースティティアが少しでも側に近寄ろうものなら、まるで敵を威嚇するようにこちらを睨む。

 そんな状態で食い下がれば、キリクスは尚更腹を立てるだろう。

 ここは引く以外にないと、ユースティティアは一人でベッドに上がった。



 ユースティティアは祖国のオプスキュリテでも悪女として嫌われ、誰にも愛されずに生きてきた。



 だから今更誰に嫌われたって構わなかったが、キリクスだけは別だった。

 彼にだけは嫌われたくないと思っていた。



 どうすればキリクスに愛してもらえるのか、分からなかった。

 でも彼にだけは愛されたかった。




 時々キリクスが目を細め、遠くを眺めていることがあった。

 その視線の先には、いつもエリスがいた。

 皇太子妃として、贅沢と幸せを満喫するエリスが。



 どこか愛おしそうに。

 慈しむように。けれど眉を顰めて切なそうに。



 キリクスはエリスのことが好きなのだと、すぐに勘付いた。


 アドニスの妻である、エリスを好いている。



 エリスは自身の野望の為に、それまで自分の価値を最大限にまで高めた。

 姉であり悪女であるユースティティアに虐められても腐らなかった女性。

 清く、正しく、優しい。

 まるで聖女のようだと、皆から盲目的に愛されるように仕向けた、エリスを。



 たしかに金髪の髪に灰色の瞳は、伝説で語り継がれる聖女として様々な本にも登場している。



 ユースティティアに姿を変える時以外は、お淑やかで可憐さを演じるエリスに、キリクスが心惹かれてしまうのも無理はない。



 正義感が強い人だから、きっと心が綺麗に見えるエリスを好きになってしまったんだろうとユースティティアは思った。

 けれどエリスはすでにアドニス様の妻。



 お互いに報われない恋愛をしているのだと、ユースティティアは嘆いた。

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