キリクスとの結婚

 結婚式のあるその日まで、キリクスは城に滞在するユースティティアに一度も会いには来なかった。



 ———ザイン帝国、皇宮。



 綽々しゃくしゃくと婚礼準備が行われる中で、ユースティティアの悪い噂だけが飛び交っていた。



 『見て。あれが噂のFrozen blue rose《凍てつく青薔薇》の悪女よ。』



 『本当に。噂通りの不気味な髪色にブラウンアイね。』



 『いやだわ。あんな残虐非道な人がキリクス様の妃になるなんて。お可哀想な殿下。』



 皇宮の使用人達は、密かにユースティティアの陰口を叩いた。

 すっかり大陸中の悪女として有名になっていたユースティティアのことを、ザイン帝国にも好きな人などいないだろう。



 今だに自国オプスキュリテの皇后宮では、呪いから目覚めない母フロアレが眠っている。

 エリスにその命を脅かされ続けながら。



 そのエリスはユースティティアの評判を地にまで落とし、ついにアドニスの妻、皇太子妃の座を手に入れた。



 思えばエリスは、ザイン帝国の時期皇帝の妻の座を手に入れる為に、幼い頃から色々と計画していたに違いない。




 そのエリスの策略によって、結局ユースティティアはずっと日陰の人生を歩んできた。



 今更ザインの人々が自分を悪女と好きに呼ぼうが、嫌おうが構わなかった。

 ユースティティアはもう、誰かに理解されようとも思わなかった。



 それでも一つだけエリスに感謝することがあるとすれば、キリクスの婚約者に取り変われたことだ。

 ………けれど。




 ザイン帝国の神殿で式を挙げる。

 バージンロードを歩くまで、キリクスは結局ユースティティアの元を一度も訪れなかった。



 付き添いの使用人達が純白のドレスを着たユースティティアのベールを持ち、そして式場の扉を開けた。



 そこには、あの頃と変わらないアッシュブラウンの髪を綺麗に整え、純白の花婿衣装に身を包んだ麗しいキリクスが控えていた。



 「…………」



 あの日と変わらない瞳をしていたが、その眼差しに優しさが含まれることはなかった。

 まるで氷のように冷たく、ユースティティアの姿を一瞥いちべつするだけ。

 胸が痛かった。



 ハウオリの木の下で、優しくユースティティアの傷を癒し、必ず幸せにすると言ったキリクスは存在しなかった。



 付き添いの使用人達が離れると、今度はユースティティアの手を、手袋越しのキリクスが握る。

 だがやはり、一欠片の気遣いもなければ、優しくエスコートしてくれる気配もない。



 神官が夫婦の誓いを述べる間も、指輪の交換もキスさえも。

 憎むように、キリクスはユースティティアを険しい顔で見ていた。



 それでも。



 それでもユースティティアはこの日を嬉しく思ってしまう。


 

 (皆が言う通り、確かに私は悪女なのかも知れない)

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