変わっていく未来

 *




 (可愛い 可愛すぎる)



 どうして過去のキリクスは、こんなに可愛いユースティティアに気付かずに生きていたんだろうと、過去の自分を悔やんだ。



 「…あっ、…ふむふむ、そうなんですね…

 うん。

 …なるほど!

 …出来ましたわ、キリクス様。」



 「すごいな。ユースティティア様は。

 この『知恵の輪』は結構高難度なんですよ。」


 

 ———あれからキリクスは、婚約者のエリスとの交流を深めるという理由で、度々オプスキュリテを訪れていた。



 しかし実際はユースティティアの皇女宮で、アドニスと、彼女との楽しい一時を過ごしていた。



 今回はザインの貴族間で流行っている『知恵の輪』という遊び道具を持参した。

 

 いざそれを始めたユースティティアは、真剣に顔をしかめたり、唸ったり、傾けさせたりする。

 その仕草が可愛すぎて、キリクスは色々とやられてしまっていた。



 (俺は変態だろうか———?)



 回帰前のキリクスは、エリスにさえこんなに頻繁に会いに来ることはなかった。

 が、とにかくユースティティアの安全を確認するのと、「会いたい」という思いから、ここ数年一心不乱に訪問を繰り返していた。



 オプスキュリテの皇帝にも信頼の厚いアドニスに一緒に訪問してもらうように頼み込んで、ユースティティアに会っていたのだ。



 訪問目的であるはずのエリスには、義務的に何かよからぬ事は企んでいないか、クリュタイメストラ皇妃がユースティティアに体罰を与えてはいないかなどを確認するだけで、実際に会う事はしなかった。



 身体は少年に戻ってしまったが、精神は19歳からのスタートだった。

 キリクスは自分でも大人気ないと思ったけど、ユースティティアへの想いが止まらなかった。



 「ユースティティア様は何をやっても天才ですね。」



 「そんな。誉めすぎですよ。キリクス様っ。」



 キリクスが本気で褒めれば、ユースティティアはたちまち顔を真っ赤にし、目を伏せる。


 これが素のユースティティアなのだろう。



 (まるで小動物のように可愛い……)


 

 (どうしたらこの可愛い人をもっと楽しませることができるだろう?)



 「アドニス様は?

 アドニス様は器用でいらっしゃるから、これも簡単に解けたのでは?」



 まるで幼い子供2人を見守るように、ゆったりソファに座っていたアドニスに、彼女は眩しい笑顔を向けた。



 「私?私は。

 言うほど器用ではないんだけどなあ…」



 そう言ってユースティティアが手に握っていた知恵の輪を受け取り、それを解除し始めた。



 「…そうなんですか?

 でもアドニス様が出されたお手紙は、とても丁寧に折られていたのをお見かけしたことがありますよ。」



 「ああ、君に会いに行くと書いた手紙だね。

 そんなに細かい部分を見られていたのか。何だか恥ずかしいな。」



 そう言ってアドニスが笑うと、ユースティティアも上品に口元に手を添えて笑った。



 それを見てキリクスは少し嫉妬する。

 そしてまた、ユースティティアに新しい知恵の輪を渡し、積極的にアプローチを続けた。





 *

 


 皇后宮。



 「お母様。」


 

 オプスキュリテの皇帝は相変わらずクリュタイメストラ皇妃や他の側室に夢中で、黒魔術から目を覚ました皇后フロアレに興味を示すことは無かった。

 しかし自分を必死に看病してくれる優しいユースティティアの存在があったから、フロアレの心は穏やかだった。



 「ユーティ(ユースティティアの愛称)。

 …キリクス殿下。」



 「体調は如何いかがですか?」



 「…大丈夫よ。ふふ。2人ともありがとう。」



 まだ移動は車椅子だったが、表情や声は健康に近い状態に戻り、医者が言うには後はよく食べて歩く練習をすれば、筋肉も自ずとつくようになるという。



 フロアレに黒魔術をかけ、その命を脅かしていたエリスの事や、それを知りながら隠蔽いんぺいを謀っていたクリュタイメストラ皇妃のことは、今のところ皇帝の耳に入れていない。



 結局エリスは、全ての罪をクリュタイメストラ皇妃に着せ、今だに自分は無実だと主張している。



 「キリクス殿下。私の命を助けて頂いたこと、

本当に感謝しています。」



 侍女に変わり、フロアレの車椅子を押して皇后宮の庭園をゆっくりと移動する。



 「いえいえ。

 皇后様が無事だったのは、ユースティティア様の光属性の魔力で守られていたからですよ。」



 「…ええ。

 ユーティには本当に感謝しているんです。あの子は本当に素晴らしい子だわ。

 そして、キリクス様。」



 フロアレは振り向き、聖母のように慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。



 「殿下も本当に良い子ですわ。

 人のことを思い行動できる、素晴らしい勇気を持っています。」

 


 その時キリクスは、亡くなった自分の優しかった母親を思い出していた。

 母もこんな慈愛に満ちた目をしていたな、と。



 『…キリクス、貴方は本当にいい子ですね。

 母はこんなにも良い子を産めて、本当に幸せです。』

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