変わっていく未来
(というより、ユースティティアが愛おし過ぎてオプスキュリテから帰りたくないなんて、重症じゃないか?)
*
揺られる馬車の中。キリクスの目の前に座るアドニスが、ずっと何か言いたそうにしていた。
「キリクス。お前、もしかしてユースティティア様が好きなのか?」
唐突に振られた話題に、キリクスは咽込んで咳を数回繰り返した。
「なっ…!そんな馬鹿な。兄さんっ!
ユースティティア様は兄さんの婚約者ですよ?
俺がそんな方をどうして…」
「…いや、もしそうならな…と思っただけだ。
俺はまだ自身が幼いせいか、恋などという感情は良く分からないからな。」
そう言って馬車の窓から、どこか遠くを眺めるアドニス。
ユースティティアの婚約者がアドニスだと自分で言っておきながら、キリクスは今更ながらに思う。
このままいくとユースティティアは、アドニスの婚約者のままだ。
幼いこの時に手を打ったお陰で、ユースティティアが悪女だという汚名はすぐに収まるだろう。
これでアドニス殺害の未来も消えたはずだ。
回帰の目的は無事に果たされた。
だから。とキリクスは頭を抱え込む。
(正直言って————どうにかしたい)
(気持ちは確かにユースティティアを好きなのに、俺は一体、どうしたらいいんだ)
「兄さんはもし、俺がユースティティア様との婚約を解消して俺に譲って下さい、と言えばそうしてくれるんですか?」
と、馬鹿な質問をアドニスに投げ掛けてみる。
「…そうだな。しかし実際問題俺たちの婚約は国同士の政治的な問題だ。そう簡単にこの婚約を覆すのは難しいだろうな。」
さすがはアドニス。
のちにザインを背負う皇太子。
自分の私情で動くことを良しとはしない。
「…けれどお前がどうしてもユースティティア様と結婚したいという話なら、父上にも便宜が図れないか、それとなく聞いてみるよ。」
そう言ってアドニスはいつもの優しい微笑みを浮かべた。
(相変わらず、兄さんが良い人すぎて困る)
今更ながら生きているアドニスの存在に、熱く込み上げてくるものがある。
ザイン帝国皇后の息子でありながら、キリクスのことを誰より大切にしてくれる。
本当に、人間の出来た人。
だが、一つだけ気掛かりがある。
アドニスが、皇位継承権を失ったあの事件だ。
(皇后は本当に 皇帝以外の男性と姦通して兄さんを産んだのだろうか?)
未来では、結局あの事は
真相を確かめたいが、回帰は命を削る自殺行為だ。
もう一度未来に戻ることは恐らく出来ないだろう。
チャンスはこの一度きりだった。
幼少期からのやり直し人生にはなるが、やることは多い。
それにまだ疑問もある。
あの時毒を飲まされたのは、エリスだったのか。ユースティティアだったのかということ。
もう過去を変えてしまったから、真相は分からないかもしれない。
できるなら、不安要素であるエリスの悪事を暴き、キリクスは婚約破棄をしたい。
皇位継承権を失う前に、アドニスの出生の謎についても調べなければならない。
キリクスはアドニスに、ザインの皇帝になってほしいと思ってる。
寧ろアドニスでなければ、誰がザインを担っていけるというのか。
そして、できたらアドニスでなく、回帰前と同じようにユースティティアと婚約できたら…そんなことを思いながらキリクスは帰路を過ごした。
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