断罪

 目覚めた皇后フロアレは、涙を流して抱きついたユースティティアを虚な表情で見つめた。



 「ユース…ティティア…?

 なぜ…泣いているの…?困った子ね…」



 「おかあ…さま…っ。」



 長い間眠らされていた為に、声帯の筋力も弱まっていた。

 しかしフロアレは声を絞り出す様にして、ユースティティアの髪を愛おしそうに撫でた。

 そこにはまだ甘えたい盛りの7歳の少女が確かに存在していた。



 これまでキリクスも、実際に皇后フロアレには会ったことがない。


 ずっと寝たきりだと聞かされていた皇后の瞳は、ユースティティアと同じ優し気なブラウンアイをしていた。




 「キリクス様…あ、ありがとう…っ…ございます…!

 この恩は返しても返しきれません……!」



 泣きながら感謝を伝えるユースティティアに、キリクスは苦笑して応えた。



 「お返しなんて考えなくていいですよ。

 これは俺が、貴方のためにしたかったことですから。」







 *



 ———そして現在に至る。



 「どうやってっ、あの魔術を……」



 醜く引き攣ったエリスの顔には、驚きと焦りが同時に混在している。




 「これでエリス様と皇妃様が今まで行ってきた、ユースティティア様や皇后様に対する悪事が明るみに出ますね。

 皇后様の命を脅かしていたこと…

 あれでも規律だけは重んじる皇帝陛下が知れば、ただでは済まないでしょうね。

 ですからそうならないように今後一切、ユースティティア様や皇后様には手出し無用だと…あくまで譲歩しているんですよ。」



 キリクスは2人を睨みながら言った。



 「あ。ちなみに今日のこの会話も、全て記録しています。

 なので後からあれは嘘でした、とかは無しですよ…?皇妃様、並びにエリス様。

 いくら皇帝が貴方たち2人の味方になるとしても、これだけの悪事を知られたらどうなるか。

 オプスキュリテだけでなく、我がザイン国や他国にも知れ渡ればどうなるか。

 分かりますよね?」



 「ッ…!」



 エリスとクリュタイメストラ皇妃の両方が言葉を失う。

 追い打ちをかける様にキリクスは準備しておいた、誓約書を取り出した。



 「それと。俺と取引したと証拠に残るよう、こちらにサインをお願いします。

 今後もし、ユースティティア様や皇后様に魔術をかけて命を脅かしたり、虐待を加えたりしたのが分かれば。全ての映像記録を全世界に暴露しますから。」



 (これで、確実にユースティティアと皇后に手出しはできないだろう)



 万が一、エリスとクリュタイメストラ皇妃がユースティティア達に再び手出しした場合、かなり不都合となる罰則を、事細かに記した誓約書。

 それを颯爽と取り出し、キリクスは2人にサインをするようペンを渡した。




 「私は………

 私は、お母様に脅されて仕方なくやっていたのです!!」



 「エリス!?」



 それまで怒りを露わにしていたエリスが、先程までの態度を一変させ、わあっと泣き出した。

 その豹変ぶりに、クリュタイメストラ皇妃を含めその場にいた誰もが唖然とする。



 「私は無実です。

 お母様に逆らえば命は無いと言われ、仕方なかったのです!!

 それがなければ私は、お姉様をそんな酷い目に合わせようと思ったことはありません…!!」



 戸惑いを隠せないと言ったクリュタイメストラ皇妃をよそに、エリスはひたすら自分の無実を主張して泣いた。



 (そんな。後少しのところだったのに…!)



 これではエリスの悪行を主張できなくなる。

 明らかにクリュタイメストラ皇妃は動揺しているが、裏切った娘を前に真実を語る気配はない。



 皇妃が口を割らなければ、今エリスのこの嘘が暴けない。

 まさか土壇場で母親を切り捨てるとは。





 (エリス。君はやはり本物の悪女だ!!)





        


   


      ◆登場人物◆ 


【フロアレ】…オプスキュリテ国の皇后。ユースティティアの母。

意味・花。


【クリュタイメストラ】…オプスキュリテ国皇の側妃。エリスの母。

由来・ギリシア神話に登場する。夫を殺害後、我が子に殺される。

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