証拠を集める

 ———そこには涙を流しながら倒れている、本物のユースティティアの姿があった。

 酷い鞭打ちのせいで、気絶している。



 服は薄汚れ、鞭で打たれた足は、皮膚が見えていた。

 裂傷してできた血の跡さえある。

 こんな小さな娘に、あまりに酷すぎる。



 キリクスは自身の手に力を込める。

 その場でもう一度風の魔力を使い、華奢なユースティティアの傷口を癒していった。


 

 (今はこんな事くらいしかできないのが、本当に悔しい)



 「ユースティティア……。」



 彼女の名前を、まさかこんな風に呼ぶ日が来るなんて想像もしてなかった。



 そっと涙を拭い、身体を抱き上げる。

 長いコバルトブルーの髪が床面に向かって垂れた。



 (こんなにも綺麗な髪を、どうして今まで見ようともしなかったのだろう)


 

 持ち上げたその身体は枯れ枝のように軽くて、今にも折れてしまいそうだった。



 たまらなく胸が痛む。

 知らない間に涙が頬を伝っていた。



 (こんな酷い行いを、ずっと一人で耐えていたのか?)



 実際に目の当たりにして、虐待されていたのは紛れもなくユースティティアだったということを嫌でも実感させられた。

 同時に幼い頃からユースティティアが悪女だったという噂は、綺麗さっぱり消え去った。



 (いや……俺の中だけで消え去るだけでは駄目だ)



 キリクスはもうすぐで、自国に戻らなければならない。



 このままだとユースティティアはずっと虐待され続け、悪女として汚名を着せられたままになる。

 10年後にキリクスと結婚するまで、その間、ユースティティアを悪意から守るには、どうすればいいか。



 今のキリクスは権力はないが、身体は幼くても魂はそのまま回帰しているから、いくらでもやり方はある。



 ずっと間違えてしまっていた。

 どんなに悔やんでも、償っても償いきれない。



 (愛する人を自ら遠ざけ、傷つけていたなんて)



 (だが今度こそ、俺が本当に大切な、愛しいこの子を守りたい———……!!!)




 *



 ユースティティアが倒れていたのを偶然発見したとオプスキュリテの侍女に知らせて、彼女を無事に寝室まで送り届けた。

 皇妃もエリスも人目のある場所ではユースティティアに手を出さないだろうと見越して。



 「殿下、エリス様の行動に異変があります。

 今すぐ跡を追いますか?」


 その間にエリスを監視していたクラスィーヴイーから、連絡が入った。

 魔石で作られた腕輪はこうやって離れていても互いに思念で連絡できるので非常に役立つ。



 「ああ、跡を追って、渡しておいた映像記録ができる魔石で、彼女の様子を細部まで記録し、こちらに送ってほしい。」



 「御意。」



 「あ、でも。もしオプスキュリテの兵に見つかりそうな時や、危険だと判断したらすぐ止めるんだ。」



 「…御意に。」



 今夜は皇女達とキリクス、アドニスを含めた2カ国の皇族達で、晩餐会が開かれる。



 (なるほど エリスが動くとしたらまさに今日だ)



 キリクスは自身の着替えを手早く済ませ、他の部屋で控えているアドニスに会いに行った。




 ————————————————



 ———クラスィーヴイーは本当に優秀な人材だった。



 不審な動きを始めたエリスを追う。

 護衛の兵を連れずに、1人で皇居の中庭にある倉庫に歩いて行ったエリスの姿を記録していた。



 ドアは閉まり施錠されてしまったが、反対側に回ると少し開いた窓があり、中を覗くことができた。

 そのわずかな隙間から、全容を記録することに成功していた。




 「信じ…られない。」



 アドニスは随時送られてくる映像記録を見ながら、唖然と口を開いた。



 クラスィーヴイーが危険を冒してまで記録している映像を、キリクスはアドニスに見せた。



 そこには、先程までエリスだった少女が闇の魔力を使って髪色と目の色を変える姿が、はっきりと映し出されていた。



 金色の髪はコバルトブルーへ、灰色の瞳はブラウンアイへ。



 その姿はまさしく、ユースティティアそのものだった。



 そのまま小屋から出てきた彼女は、皇居の敷地内にあるユースティティアが住まう皇女宮に向かった。

 それは誰の目から見てもユースティティアそのもので、誰かに不審に思われることもなく部屋に入っていった。




 「…そんな。

 ずっとエリス様が、ユースティティア様に成りすましていたのか?

 信じられない。今までの悪行は、本当は第2皇女のエリス様がやっていたというのか?」



 「…うん。そうだよ。

 そして本物のユースティティア様は、皇妃とエリス様に虐待されている。」



 「そんな。じゃあ、あの傲慢な振る舞いや態度は、エリス様がユースティティア様を悪者にして汚名を着せるためにしていたというのか…?

 信じられない。

 …それなら第2皇女のエリス様こそが、本当の悪女じゃないか。」



 アドニスはかなり動揺はしていたが、完全にこの真実を認めたようだった。



 話すだけでは説得力がない。

 実際に映像を見せることが相手に真実を伝える一番の近道。だからキリクスはアドニスに映像を見せた。



 それから映像は、ユースティティアが豪華なドレスを着て出てきたことから再開され、エリスが成りすましたユースティティアは、そのまま晩餐会の会場に入って行った。



 「兄さん、あとは本物のユースティティア様が今どうしているかをこちらが把握すれば、エリス様の悪巧みの証拠になるよね?」



 「どうするつもりだ?もうすぐで晩餐会が始まるのに…」



 「大丈夫だよ、主役は兄さん一人で十分だ。

 ザインの第2皇子が少し遅れたくらいどうってことないよ。」



 そう言ってキリクスは、アドニスに屈託なく笑いかけた。

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