3 証拠集めに奔走する
証拠を集める
*
ユースティティアと結婚してから、キリクスは一度も彼女と同じベッドに寝たことがない。
『今日ユースティティア様が、突然機嫌を損ねて、侍女のお気に入りの服を引き裂いて燃やしました』
『ユースティティア様が視察で通りかかった市場で、平民にドレスを汚されたと言いがかりをつけ、その平民の腕を無理やり護衛に折らせる、という暴挙がありました』
『ユースティティア様が…』
『あの方は本当に悪女で…』
毎日聞こえてくるのは忌々しいユースティティアの、傲慢で残虐な悪行の数々。
政略結婚でなければこんな悪女と結婚などしてないし、もし自身に自由があれば、すぐに離婚していただろうとキリクスは思う。
「…キリクス様。私、絵を描いたんです。
良かったら今度見ていただけませんか…?」
アドニスの側で働くキリクスの留守を見計らうように、ユースティティアは様々な悪行を重ねた。
そのくせに、いつも夜になるとこんなにしおらしい演技をする。
毎回酷いことばかりしておいて、こんな時だけ従順そうにキリクスに笑いかけるから、毎回反吐が出そうになる。
「昼間は横暴で、傲慢で、なのに夜は別人のように振る舞うのか。
大した演技だな、ユースティティア。」
冷たい目をしてユースティティアをあしらい、キリクスはいつものようにソファに横になった。
「………」
だがユースティティアは意地悪く言うキリクスを責めようともせず、耐える様に口をつぐむ。
昼間なら人が変わったように、人前でも平気で罵倒してくるくせに。
「またそこで眠っては風邪をひいてしまいますわ。
私がそちらで寝ますので、キリクス様はどうぞベッドをお使いください。」
ふと、ユースティティアが近づく気配を感じた。
「俺に触らないでくれ…!」
ユースティティアが触れようとしたのを、キリクスは毅然と払い退けた。
なぜかユースティティアは、悲しそうな瞳をしてそこに立ち尽くす。
(何でお前が、傷ついた様な顔をする…?)
(無慈悲に人を痛めつけ、平気で人を殺す悪女のくせに)
(お前のせいで、帝国の罪もない民や臣下が、たくさん死んでいるというのに)
(だからそんな顔、お前には似合わないのに)
キリクスはユースティティアに背中を向ける。
彼女が何を言おうが、理解したいとは全く思わなかった。
*
(…泣いている)
(あの子がまた、息を潜めて泣いているのが聞こえる)
オプスキュリテ城からユースティティアの微弱な魔力を感知し、離れの塔の最上階、古びた扉の前でキリクスは足を止めた。
見張りもいなければ誰も立ち入らないような、誰からも忘れ去られたような廃れた最奥の場所。
そこからユースティティアの啜り泣く声と、誰か他の女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
「…だから、泣くなって言ってるでしょう!?ユースティティア!!
本当にお前は、何度言ったら分かるの!?」
扉に張り付くように耳を澄ませていると、鈍い音が聞こえてきた。
(…これは鞭の音か?)
「…っ!!」
「昨夜、私の可愛いエリスに反抗したそうね?
それもザインの第2皇子を庇ったそうね!
あんな王位継承権を持たないどうでも良い皇子を…!
この恥知らずが…!!」
「っ…!もう許してください、皇妃様…!」
「煩いわね!こんなものじゃ気が済まないわよ!
お前ごときがエリスに盾突いたらどうなるか、またその身に刻見込んであげるわ!」
(もう1人は皇妃か?)
ということは、この扉の向こうでユースティティアに鞭を打っているのはエリスの母親、オプスキュリテの皇妃、クリュタイメストラだ。
(なんてことだ!
ユースティティアはエリスだけでなく、皇妃にまで虐待されていたのか…!!)
「皇帝の寵愛を失ったお前と皇后など虫ケラも同然よ。
病に伏せった母親にも助けてもらえず、皇宮のどこにも居場所がない、可哀想なユースティティア。
なのにっ!なのにそれでも皇帝は私の娘よりもまだお前を優遇して、ザインの皇太子妃の座を約束させた…!
皇后の娘だからと正当性ばかりを気にして!
今やザインの資源は、どこの国も欲しがるほどの価値があるわ!
そこの…皇位継承権もない無能な第2皇子の妃ですって?
私の娘であるエリスこそ時期皇帝のアドニス皇子にふさわしいのに…本当に憎たらしいわ!
死にかけの皇后も、お前もね!」
「っ…!!」
また鞭が鈍い音を出す。声にならないユースティティアの悲鳴が微かに漏れる。
それは人間の皮膚に当たり食い込む音だ。
(惨すぎる!)
キリクスは今すぐこの扉を開け、皇妃の暴挙をやめさせたかった。
でも、今は無理な状況だ。
今のキリクスの力ではどうにもならない。
力のない皇子が止めに入ったところで、皇妃が虐待を止めることなどないだろう。
逆に口封じされるかも知れない。
キリクスと全く同じだ。
ザインの皇后が、キリクスへの虐待を止めることがないように。
それでも今、ユースティティアを助けるには。
キリクスは徐に、風の魔力で塔の窓近くにあるハウオリの大木を揺らした。
そこにかなり強力な魔力を込めて、一本の木の中心に圧力をかけ、真っ二つに折る。
そのまま木は轟音を伴って倒れていった。
「っ…!はあ、はあ。」
大量に魔力を使った反動で、小さな身体がぐんと重苦しくなる。
だが幸い、回帰前と同じ強い魔力がそのまま使えた。
「何の音だ…!?」
「ハウオリの木が真っ二つに折れてるぞ!
一体何があったんだ!?」
付近にいた兵士が、ぞろぞろと集まってきた。
作戦が功を奏したらしく、扉が開いて皇妃も部屋から出てきた。
「何事よ…!」
キリクスは咄嗟に反対側の階段に身を隠す。
皇妃が下に降りていくのを影から見送る。
そうして皇妃がいなくなったのを確認すると、立ち上がって扉に近づく。
慌てて出て行ったおかげで、扉の鍵は開いていた。
「……」
「ユースティティア…?」
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