驚きの真実
ユースティティアが兄、アドニスを殺すのはこれから12年後の冬。
キリクスと結婚してから2年が経っていた。
(だとすればこれから罪を犯すのはユースティティアではなく、エリスなのか…?)
キリクスは未だに信じられなかった。
ザインの国民からも熱烈に愛され、まるで聖女のように振る舞っていたエリスが、夫のアドニスを毒殺したということが。
(…何のために?兄を愛していたんじゃなかったのか?)
どう考えても分からなかった。
それに、まだ事件が起きていないこの時点では判断できない。
ザイン帝国に嫁いで来てからも、2人は日常的に入れ替わっていたのかどうか。
あの事件はユースティティアがアドニスを愛するあまり、嫉妬に駆られて毒殺したということになっている。
無理やり確かめようかと一瞬思ったが、万が一不審に思われたら、エリスは今後簡単には姿を変えなくなるかもしれないという懸念がある。
ましてやキリクスは結婚後、ユースティティアを毛嫌いして遠ざけていた。
それにアドニスと結婚してしまったエリスとも距離を置いていた。
だから長い時間顔を見て向き合うことも、一緒に時間を共にしたこともなかった。
これから起きる未来で、アドニスを毒殺したのは、一体どちらなのか。
(真相を確かめなければ———!)
気付かれないようにハウオリの木から離れようとする。
だが、そこにあの鈴の音のような小さな声が聞こえてきた。
「…キリクス様はザイン国の立派な皇子よ。
それを貴方が侮辱するのは間違っているわ。
エリス。彼に謝るのよ。」
澄んだ鈴の音色のような優しい声。キリクスの心臓が激流のように脈を打つ。
間違いないという確信ができた。
この声はユースティティア自身から聞こえる。
だとすれば、あの時エリスの姿で出会ったのが、本物のユースティティアだ。
木陰で息を顰める様に泣いていたあの子。
(入れ替わっても、声だけは変わらないのか)
(俺が長い間恋焦がれていたのは、エリスではなく、ユースティティアだったんだ……!)
あの時に約束を交わしたのは、このユースティティア。
キリクスが密かに恋していた人。
それと同時に、キリクスはとても胸が熱くなった。
側室の子だからとキリクスを侮辱するエリスから、ユースティティアが堂々と意見し、庇ってくれた事実が。
「はあ?…ここに居もしない皇子に謝れですって?
私に歯向かおうっていうの?ユースティティアお姉さま。
自分の立場をよく考えるのね。
皇后であるお姉さまの母親は、皇帝からの寵愛を失い、今やただのお飾りの妃だということを。
そしてその母親が。どうなってもいいのかを。」
ユースティティアが凄んだにも関わらず、エリスはそれを見て心底愉しそうに笑っている。
(ユースティティアの母親が、一体どうしたっていうんだ?)
ユースティティアの母親であるオプスキュリテの現皇后は、ここ数年、病で伏せっていると聞いていた。
よくなる見込みはないと。だからキリクス自身ユースティティアの母親に会った事がなかった。
「…さま、ユースティティア様!
皇帝陛下がお呼びです!ずいぶんと探していらっしゃいましたよ。」
そこへユースティティアの侍女が、息を切らして走ってきた。
「…今行きます。」
ユースティティアはエリスに背を向け、淡々と皇城へと向かった。
残されたエリスを一瞥し、その侍女は途端に態度を変えて言う。
「エリス様、貴方も早くご自分の寝室に行かれて下さい。貴方が勝手な真似をすれば、怒られるのは私達なんですよ。」
「…すみません。
ですがお姉さまに呼び出され、その…暴力を受けていたものですから。」
先ほどまでの傲慢な態度を一変させ、エリスはその場に崩れ落ちた。
冷たい態度をとる侍女に、わざとらしく涙を流して見せる。
「…はあ。
ユースティティア様は本当に残酷なお方だわ。エリス様。
悔しくても今は我慢する時ですよ。
ほら…行きましょう。」
侍女は同情して、エリスに肩を貸した。
「ありがとう、貴方はお姉さまの侍女なのに優しいのね。」
「…っ。今さっき私が言ったことは、ユースティティア様には絶対に内緒ですよ。」
「分かっています。…お姉さまに逆らったら恐ろしいですから。」
エリスはまるで今しがたユースティティアに暴力を振るわれ、負傷したかのように足を引き摺って歩く。
侍女の同情するような態度とは違い、悪巧みが楽しくて仕方ないといった風に。
気付かれないようにエリスは顔を背け、確かに笑っていた。
あれは、ユースティティアが数々の悪行をした時にキリクスが見てきた顔だった。
見せられた顔、と言うべきか。
それこそFrozen blue rose《凍てつく青薔薇》の悪女、そのもの。
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