復讐のための回帰

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 ———この風景は見覚えがある。



 オプスキュリテ帝国の城。

 そこで豪華な婚約お披露目会が開催され、誰もが優雅にダンスや食事を楽しんでいた。



 身分の低い側室の子だからと肩身の狭い思いをしていたキリクスは、その日会場を抜け出していた。

 城の外にあるハウオリの並木路が連なる中庭を歩く。

 魔石で照らされ、遠くの景色も鮮明に映し出されていた。



 無数の美しい星が輝き、木々の葉が風に揺られていた。そこで。



 泣いているエリスに出会った。

 互いに傷を癒し合い、再会を約束したあの瞬間に。

 回帰が成功したのだとキリクスは確信した。




 「…キリ…クス様?」



 細く、か弱く、儚げな少女。

 金色の髪と灰色の瞳をしたエリスが、心配そうにこちらを覗いていた。



 「エリス……!さ、ま……」



 (間違いない……!)



 (10年前に再会の約束をしたあのエリスだ)



 (ユースティティアに毒殺されかけたエリスが、今生きてここにいる…!)



 感極まったキリクスは思わずエリスを抱きしめようとするが、自分がすっかり少年に戻ったのを思い出した。

 小さな拳を握りしめて、再会の喜びをグッと耐える。



 それに伝えるのはどうかと思ったが、言わずにはいられなかった。




 「エリス様。お姉さんのユースティティア様を信用してはいけませんよ。」



 「………」



 それを告げた瞬間、エリスは眉を顰めた。

 その顔はなぜか悲しんでいるように見えた。

 エリスは俺のかけた上着を畳んで差し出すと、静かに笑った。



 「キリクス様。色々とありがとうございました…………。

 貴方はもう会場に戻った方がいいですわ。」



 儚げで、今にもどこか遠くへ消えてしまいそうなエリスがふと微笑した。

 


 「君は…?」



 「私はいいのです。

 大丈夫。後でちゃんと城に戻りますから。」



 「…分かりました。では先に失礼しますね。」



 そう言ってキリクスは立ち上がり、しばらく城へと足を進める。

 過去と同じように。

 ……が、別れ際のエリスの態度がどうしても気になって振り返った。



 もうそこにエリスの姿はなかった。



 過去でもキリクスはそのままエリスを見失い、城に戻ってからも彼女を見ることはなかった。



 キリクスは今回この日に回帰した意味を自身に問う。



 (俺は何のために回帰した?)



 キリクスが回帰したのは、悪女であるユースティティアを殺すため。



 だが、単に殺すだけが目的ではない。



 ユースティティアの悪事を暴き、法の元に引き摺り出し、公正な裁判で裁いてから死刑にするため。



 だからまずは、ユースティティアが行う悪事の、徹底的な証拠を押さえなければならない。



 そしてアドニスを救い、エリスも助ける。



 (この頃からエリスは、姉のユースティティアに虐げられていたと言っていたな)



 (やはりエリスをこのままにしてはおけない……!)



 キリクスは足を止め、踵を返す。そのまま来た道を戻り始めた。

 過去とは違い、城にも戻らなかった。

 そのまま見失ったエリスを探し始めた。







 城の中庭は恐ろしいほど広大だった。さすがは勢いのある大帝国。



 一つの森が入るほど広い庭を、キリクスは懸命に駆け回る。

 そうして息が切れた頃。

 バラの蔦が這う東屋で、人の話し声を耳にする。



 魔石で光る照明の下にエリスと……ユースティティアの姿があった。



 豪華で煌びやかなドレスを着ているユースティティアと、皇女とは思えないほど質素な服を着ているエリス。



 (なぜこんな場所に2人で…?)



 不思議に思い、しばらくハウオリの木の影に身を潜めて2人を観察した。




 「ああ、それにしても…今夜もとても楽しかったわね。」



 「……」



 「何とか言いなさいよ、全く。本当に不気味よね。

 そんなだからお父様にも愛想を尽かされるのよ。」



 (ユースティティア……相変わらずなんて冷たい女だ)


 

 いくら側室の子とは、言え血の繋がっている妹に向かっていう言葉ではない。

 不愉快な言葉に、キリクスは思わず唇を噛み締める。



 「ったく。私に感謝してよね。

 今夜も貴方になりかわって、沢山の悪事を働いてあげたのだから。

 誰もが私を第1皇女のユースティティアとして疑わない。

 散々我儘を言って、ザイン帝国の、貴方の婚約者であるアドニス様を振り回してやったわ。」






 (どういうことだ………?)



 「彼、とっても素敵ね。アドニス様。どんなに我儘を言っても優しく受け止めてくれたわ。

 …たかが第1皇女だからって、あんな素敵な人の婚約者になるなんておかしいでしょ?

 …だから嫌われるようにしてあげるわね。

 いくら婚約者でも、彼に嫌われてしまえば私にもチャンスはあるわよね。

 ねえ…ユースティティア、お姉さま?」

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