千年の夜が開ける(最終話)

 「ええ。これからは長生きするわ。

 寿命が来るまで共に生きましょう。

 愛してるわ、ライアン。」



 「ああ。愛してる。エレナ。

 これからは二人、残りの人生、他愛のない日常を生きよう。」



 少年のライアンの体に合わせて、エレナは膝を曲げる。

 ライアンは背伸びして、エレナの唇にキスをした。



 二人には思い描く未来があった。

 普通の恋人のように。

 朝目覚めたらキスをして、二人で紅茶を飲む。

 新聞がきたら真新しいニュースについて二人で語り合い、そのうち朝食を食べる。

 「美味しいね」ってライアンが言う。

 そしたらエレナが笑って「ありがとう」って返す。

 晴れた日は手を繋ぎ公園を散歩する。

 真っ青な海を見に行き、無数の流れ星を見上げる。

 鮮やかな紅葉を拾う。

 真綿のような雪を触る。

 この世界のあらゆる美しい風景を二人で見るのだ。

 雨の日は、雨が止むまで家でお互いのことを語り合う。

 その頃にはライアンも立派に成長しているだろう。

 時々ケンカをしては仲直りし、戯れあって笑い合ってキスをする。

 夜は美味しいご飯を食べる。「おやすみ」と、またキスをする。

 たくさん愛し合った後、二人手を繋いで眠る。

 普通の恋人みたいに。





 ———悲鳴は絶え間なく続いた。

 



 城も町も家屋も燃える。砂漠化の影響で水源の枯れた街には消火する水もない。

 エレナは聖女の持つ能力を行使して雨を降らせる事もしない。




 「ライアン。愛してる。」




 「僕も愛してるよエレナ。」

 



 二人は寄り添いあい、滅びゆくルイン公国を淡々と眺めた。


 「最高のプレゼントね。」



 お前達だけ幸せになるなんて許さない。

 そんな事を言われていたとしても気にならない程、二人はただ互いの存在だけが愛おしかった。




 この先〈魔王〉が、どれほど世界を滅ぼすつもりかは分からない。

 またいつか〈勇者〉が覚醒して〈魔王〉を倒すかもしれない。

 それとも生まれず〈魔王〉が世界を支配するかもしれない。全てを滅ぼすかもしれない。




 ただ、もし〈魔王〉が慈悲をかけた国があるなら、そこへライアンと行こうと思う。

 美しい景色が残されるならそこに二人で旅しようと思う。

 呪いが解けた今、エレナはあとどれくらい愛するライアンと一緒に生きられるか分からない。

 

 


 けれど明確なのは、二人だけの幸せな時間を、死ぬまで積み重ねていくということ。




 それがかつてエレナが抱いていた本当の望みであり、ライアンの抱いていた本当の望みだ。

 誰かに許されなくても構わない。

 これは誰かにとっての最悪でも、エレナとライアンにとっての最高のハッピーエンドの物語なのだから。


 


 不気味に染まっていた、真っ赤な空の雲が晴れた。

 エレナとライアン以外、ルイン公国の全ての生命が生き絶えたから〈魔王〉が攻撃を止めたのだろうか。

 



 とにかく全てが静かで穏やかだった。

 晴れない霧が晴れるように、東の方から陽の光が生まれつつある。

 そうしてようやく、二人の長い千年もの夜が明けた———————————。





【完】







◆人物と国の紹介◆


【エレナ/Elena】…聖女。名前の意味・輝く光。


【ライアン/Ryan】…魔王。名前の意味・小さな王。


【フィンレー/Finley】…勇者。名前の意味。金髪の勇者。


【ルイン公国/ruin】…大陸にある公国。意味・廃墟。


最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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