呪いが解ける
◆◆◆
あれだけの栄華を極めたルイン公国がゆっくり滅んでいく。
〈勇者〉を葬った〈魔王〉の進み行く道には王族や貴族、それから公国民の姿があった。
姿を晒したエレナを見て、人々は叫んだ。
〈聖女〉エレナの顔は、肖像画化されてずっと出回っていた。
「聖女様だ!」
「聖女様!」
皆等しく命乞いをした。
だれもが必死にエレナの足元に縋り付いた。
「聖女様!助けてください!」
「どうかご慈悲を!」
「確かにかつての我らの先祖が悪かったのです!
ですが私達は何も悪くない!そうでしょう?何か間違ってますか?」
「聖女さま!痛い、助けてよ!」
ああと、エレナは目を細める。
ルイン公国が鮮やかに、残酷な痛みをともなって滅びゆく。
かつてはエレナもこの公国を愛していた。
色々な人を病から救い、恐ろしい疫病から守った事もある。
「エレナ、いいのかい?」
隣に並ぶライアンは、心配そうにエレナを見上げていた。
「いいのよ。ライアン。」
(あの時救われるべきはライアンだったのに)
(一体、誰が私達を救ってくれた?)
エレナは恨む気持ちも憎む気持ちもとっくの昔に捨て去ったが、自分達は悪くないと言って命乞いし、縋る彼らを救う気などさらさらなかった。
同じように、泣いて縋るエレナやライアンを見殺しにした公国。
その末裔の民を救う気などもう露程もなかった。
千年の間にエレナの心は、ライアンへの愛以外枯れ果てていた。
「小さい子まで見殺しにするんですか?聖女様…やはり貴方は伝説通りの悪女だ!」
「悪女エレナ!」
「悪女!」
泣き叫び、エレナを罵倒する彼らの姿が、あの日の自分の姿と重なる。
しかし一度凍り付いた感情が動く事もない。
エレナは冷たい声で彼らに告る。
「何とでも言えばいい。
聖女エレナは死んだと。悪女だったと。
そうして後世に語り継がれるのもまた、悪くないわね。」
この公国の人々に、エレナの気持ちは決して分からないだろう。
愛おしい人に会うためだけに、エレナは千年もの夜を超えたのだ。
だから悪だと言われようが、どれだけ憎まれようがエレナは全く構わなかった。
(誰にも救われなかったライアンと私が救われても、誰にも文句など言わせない)
救いのなかった〈聖女〉と〈魔王〉を救うのは、自分達だけだとエレナは気付いたのだから。
「〈魔王〉は私達も殺すつもりかしら?」
不意にエレナがそう口にすると、ライアンが困った様に苦笑いする。
「僕と君は見逃してくれるって約束してくれた。」
「どうして?」
「僕の事を家族だと思っているからかな。」
「非情に見えるのに意外と義理堅いのね。」
「後で君の〈不死〉の呪いも解いてくれるって言っていた。」
「…じゃあ、あなたと一緒に歳を取っていけるの?」
「そう。僕達はこれから一緒に歳を取っていける。
どちらかが寿命で死ぬまで側にいられるんだよ。だからうんと長生きして。エレナ。」
「嘘みたい。これじゃあ誰が〈善〉なのか分からないわね。」
今まで生きてきた中で、最高のプレゼントだとエレナは瞳を潤ませた。
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