少年

 「聞いたか?処刑された〈聖女〉様が蘇って、このルイン公国を滅ぼすって噂を…」



 「違う、そうじゃなくて、〈魔王〉ライアンが復活してこのルイン公国を滅ぼすんだ!」



 「〈勇者〉様が二人を処刑したせいだ。」



 「ああ…何て恐ろしい事だ。」



 長閑なオアシスの街の酒場では、その類の噂話が絶えなかった。

 エレナは1人でカウンターに座り、ココナッツのお酒を口に含みながら、年老いた料理人だとか、むさ苦しい傭兵の中年男性だとかの話を盗み聞きしていた。




 「はあ…。一体何でそんな話になっているのかしら。」




 当の本人がここで、聞きたくもない下らない噂話を聞かされているとも知らないで。

 

 


 その〈聖女〉は死んでもいなければ、逆にかれこれ千年以上も生きているというのに。

 長い長い年月を生き抜き、この間ようやく果ての極寒の地で、ライアンの最後の魂の欠片を手に入れた。


 


 掻き集めた欠片達を一箇所に纏め、それまで封印していた〈生命の息吹〉を注ぎ込んだ。

 暗い明け方の空に光芒が差し、それはかつてライアンを殺したルイン公国に向かって伸びていた。




 それを考えれば、あの光を見てライアンが復活したという噂が流れるのは仕方がない。

 けれど〈聖女〉が魂の欠片を掻き集めて人間を復活させたという前例はない。

 この国に舞い戻ってはきたが、本当にライアンが蘇ったのかどうか、エレナにも分からなかった。


 


 それに、かつては〈勇者の国〉と呼ばれ、大陸一栄華を極め賑わっていたこの公国も。


 


 雨が降らず海が枯れ、砂漠化が進み、王都の隅には餓死する人々が転がっていた。

 エレナが聖女として君臨していたあの頃とは、すっかり掛け離れ廃れた国になっていた。


 


 それがきっと〈聖女と魔王の復活〉などと人々に噂される原因の一つだろう。

 千年以上も何とか存続しているルイン公国だが、都合の悪いことは〈聖女〉や〈魔王〉のせいにする。

 この国の人間の悪い癖は変わっていないみたいだ。

 

 


 それにしても、〈生命の息吹〉を行使してからエレナはもう何年もルイン公国内を探し続けたのだが。

 やはり今日も〈彼〉を見つけられなかった。

 この国の王宮の裁判所で斬首されたからと、そこにも立ち寄ってみたけれど。

 彼を見つける事は出来ず落胆している。





 ライアンが復活しているとエレナは信じたかった。

 



 さもなければこの千年を、一体どう思えばいいだろうかと。

 



 情報収集のために訪れた酒屋で、大した情報も得られずエレナは勘定を済ませる。

 店を出ると、外はまだ薄赤い空が広がっていた。

 瞬間、向こうから勢い良く走ってくる少年の姿が目に入った。





 「…おい!お前、そのガキを捕まえろ!」



 

 ……………ガキ?

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