冤罪
フィンレーはこの公国の王子で、覚醒した〈勇者〉だった。
12歳で覚醒したエレナとは、いつか生まれる〈魔王〉との決戦に向けて日々、一緒に訓練をする仲間だった。
そのフィンレーが自分に気があることを薄々と、エレナも気づいてはいたけれど。
「…駄目だ!エレナ!〈魔王〉なんかと一緒になるなんて馬鹿げてる!
結ばれるべきなのは僕達だ!君は僕と一緒になるべきなんだ!
…そうだろう?」
少し年上のフィンレーが、まさかこんな風に一方的に自分の気持ちを押しつけてくる人だとはエレナも思ってはいなかった。
怖い顔をして自分を壁際に追い込んでくるフィンレーから何とか逃げようと抵抗した。
「フィンレー。私はライアンが好きなの。
だからあなたの気持ちに応える事はできないわ。ごめんなさい。」
なかなか離れないフィンレーを、エレナは頑なに拒絶し続けた。
ついには、聖なる力まで使ってフィンレーの手から逃げた。
だがその時、フィンレーが物凄く怖い顔をして睨んだのをエレナはよく覚えている。
「この僕を振るなんて…!
エレナ、………自分のした事を後悔するがいい…!!」
まるで呪いのように吐き捨てられた、乱暴な言葉。
(…一体何が悪かったの?)
(あなたを振った事?プライドを傷付けた事?)
(その手から逃れた事?)
(ライアンが好きだと告白した事?)
———数日後の白雨が降った朝。
何の前触れもなく現れ、無遠慮に家に踏み入る公国の兵達。
訳も分からないうちに捕らえられ、エレナは王宮の裁判所に連行された。
広いコロシアム状の裁判所。
王座に公王や公妃、傍聴席には神殿で共に訓練してきた仲間達、一般席には国民が、ひしめく様に座っていた。
王族の席にはフィンレーの姿も。
「〈聖女〉エレナよ。
お前は〈聖女〉でありながら、〈魔王〉であるライアンとこの国の転覆を図り、〈勇者〉フィンレー王子を殺害しようとした!
さらに多くの国民を殺そうと企てた事は既に明白である!
よって〈聖女〉エレナと〈魔王〉ライアン。
この両名の処刑を決行する!」
それを聞いてエレナは唖然とした。
既に明白だなんて、一体誰がいつ決めたのだろうか。
身に覚えのない罪状を読み上げられ、愕然としてエレナは膝をついた。
やがて会場がざわついた。
兵達に連行されて、その場にライアンが現れたからだ。
手錠に足枷。さらには首まで鎖で繋がれている。
ひどい尋問を受けたのか、頬や腕、足が傷つき、ボロボロになっていた。
「〈魔王〉ライアンは普通には死なないので、勇者の持つ〈聖剣〉での斬首とし、また悪女に堕落した穢れた〈聖女〉エレナも同様に、同じ剣で斬首に処す!
誰も異存はないな!?」
「異存なし!!〈魔王〉と〈聖女〉を殺せー!」
「悪に堕ち穢れた〈聖女〉に罰を!」
「〈聖女〉を誘惑し堕落させた〈魔王〉に制裁を!」
(——私もライアンも無実よ)
跪かされ、両肩を兵に掴まれたライアンの真横には既にフィンレーいた。
彼は〈聖剣〉を手にして、ライアンを睨みつけていた。
誰もが熱狂してライアンの処刑を叫んでいた。
最期を悟ったライアンは、ルビー色の優しい眼差しをエレナに向け、唇を動かした。
「エレナ、愛してる。
これから僕のする事を、どうか許してほしい」
「ライアン!!
嫌……フィンレー止めて!!ライアンが一体何をしたって言うの!?
ライアンは何も悪い事はしてないじゃない!
誰も傷つけてないわ!!
ライアンは何もっ………!」
(ライアンはこれまで一度も人を傷つけたりはしなかった)
(〈魔王〉になる気なんて全くなかった)
(それどころか、人々を傷つける自分自身を恐れていた)
(ライアンは何も———————………)
ごろん、とライアンの身体からその首が、まるで熟れた果実の様に転がる。
エレナの視界は涙で滲んだ。
必死で、事切れてしまったライアンの首と胴体を掻き集めようと手を伸ばした。
けれど落ちた彼の首と身体は、無数の黒い蝶となって空に飛び散り、消えてしまった。
(———何が悪かったの?)
(ライアンが〈魔王〉だったから?
私が〈聖女〉だったから?
私がライアンを愛してしまったから?)
(———何も悪くない)
(私もライアンも絶対に悪くなんてない)
(悪かったなんて誰にも言わせない)
(フィンレーを)
(処刑を叫んだお前らを全員呪ってやる)
フィンレーの歪な眼差が今度はエレナに向かう。
ライアンの首を切り落とし、血に染まった〈聖剣〉が容赦なくエレナにも振り下ろされる。
そうしてエレナも、ライアンと同じ様にふたつに引き裂かれた。
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