幼なじみの聖女と魔王

 『僕が触れば全ての物が枯れてしまう。』




 そう嘆いて哀情の目をした〈彼〉の事が、エレナは今でも忘れられない。


 


 ◇◇◇



 エレナとライアンは同じ村で生まれ育った、普通の幼なじみだった。

 



 だが何の運命の悪戯か、エレナは12歳の時に〈聖女〉に、その数年後にライアンは16歳の時に〈魔王〉として、覚醒してしまった。




 この世界の厄介なことわりを簡単に説明すると、〈聖女〉〈魔王〉〈勇者〉この三名は、その命が尽きる度、また新たな誰かに生まれ変わるという宿命を持っていた。

 それは輪廻というよりは、新しい者を選んで覚醒するという表現をした方がいいかもしれない。



 聖女と勇者は共に、魔王を倒すもの。というのが世の中の常識だ。



 その理のせいでエレナとライアンは思いがけず敵同士となってしまったのだ。




 〈魔王〉に覚醒してしまったライアンの魔力は、自分の意思とは関係なく増大していった。


 ある時、ライアンが手に持った薔薇の花が枯れてしまうという現象が起きた。

 それを機にライアンが触れるものは必ず枯れていった。


 ライアンの〈魔王〉の力には、〈常枯渇〉というものがあった。

 それは自分が望んでいなくても、触るもの全てを枯れさせてしまうという恐ろしい力だった。




 『これまで普通に触れたのに。

 …君に送ろうと思って買ってきた薔薇だったのに。

 僕が触れば何もかも枯れてしまう。

 …もう君に触る事もできないのかな。』




 それまでのライアンは、無邪気で勝ち気で、とても明るい青年だった。

 常に周りに人が居て、よく笑う人だった。

 でもライアンが魔王だと知ると、それまで側にいた人々は彼を恐れ離れて行った。

 そんなライアンも、自身を恐れ次第に卑屈になっていった。




 そのライアンを救える者があるとするのなら、それは間違いなくエレナだったのだろう。




 『ライアン、大丈夫だよ。何と言っても私は〈聖女〉だもの!どんなに枯れた薔薇も私が元通りにできるわ。

 …だから怖がらないで。ね?

 私ならどれだけ触っても平気だわ。』




 エレナの〈生命の息吹〉と冠される力は、病気やケガなどで死にかけている人間や動物などを治癒し、救うことができた。

 



 そして〈聖女〉自身であるエレナは、常に生気に満ちていた。




 だから、触れたもの全てを枯らしてしまうライアンにエレナが触れても、彼女は死ななかった。



 対照的な二人の力。

 相反するその能力は、互いの能力を相殺し合ったので、二人は触れ合っても平気だった。




 〈聖女〉と〈魔王〉は敵同士。

 〈魔王〉は倒されるべき存在。

 二人はそんな馬鹿げた運命を背負うつもりも、全うするつもりもなかった。




 そうして互いを思い遣り、労わるうちに、いつしか二人は恋人に。

 



 悪さはしない。魔族は率いない。

 誰も傷つけない。

 〈魔王〉という名は捨てる。

 自分はただ、愛するエレナと一緒に生きていたいだけなんだと、ライアンは人々にそう訴えた。





 だけどフィンレーは、〈勇者〉は、その二人を決して祝福することは無かった。

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