僕の本当の幸福は②
あの謁見の時以来、顔を会わずに済んでいた皇女を前に僕はずっと目を伏せていた。
エスピーナ・タエヴァス・トルメンタ。
この帝国の唯一の皇女。
彼女のこと、正直…好きになれない。
初めて出会ったその瞬間に僕を飼いたいと言ったり、お金を粗末に扱ったり、僕だけでなくエステレラにまで『汚い』と言ったから。
スラム街で初めて会ったあの時から…
この方の気まぐれのせいで、危うくエステレラの命を奪われるところだったんだ。
「かわいそうに。」
こんなに痩せてしまって、と言う皇女は僕の両頬に手を触れてきた。
…その冷たさに驚いて離れようとするが、傍に控えていたフォンセ副団長に睨まれたので、唇に力を入れて何とか思いとどまる。
それから皇女は僕を憐れむような眼差しを向けてきたが、その瞳にはどうにも心がないと感じていた。
エステレラのように心から誰かを想うような、誰かを心配するような、誰かを労わるような優しさが、皇女からは伝わってこない。
それに僕は別にかわいそうじゃない。
なぜなら苦しくてもいつも側にエステレラがいてくれるからだ。
「お父さまは、わたくしとあなたの接触を許してくれないのよ。」
物悲しそうな目で僕の頬を撫でて皇女が言う。
明らかにエステレラの温かい手と違う異物感に背筋を凍らせ、できればその手を早く退けてほしいと願い、僕はさっと目を伏せた。
「…僕のような者のそばに、大切な皇女さまをいっときでも近づけたくないのでしょう。」
どんなに不快でも対応を間違えないようにする必要がある。
この方はトルメンタ帝国の皇女であり、怒らせれば僕だけでなくエステレラにも何か被害が及ぶかもしれない。
…それだけは何としてでも避けたい。
だからこの方の怒りに触れないように接しつつ、僕への興味を無くしてもらいたいのが本音だった。
『下賎な身』ではあるけれどわたくしの隣に立つのはあなたしかいないのよ、と言い、値踏みするように僕を見る皇女。
彼女が見ているのは僕の珍しい髪色や瞳や外見だけなんだろう。ましてや僕と皇女では歳も5つほど離れている。
愛玩動物や見せ物や奴隷のように、ただ僕をコレクションしたいだけなんだろう。
本当に心がある人なら、エステレラのように深く澄んだ瞳をしているはずだ。
でも彼女の瞳は…上手く言えないけれど濁っている。
この皇女に対する嫌悪感を言い表すとすれば、『生理的に受け付けない』まさにそれだった。
それから皇女は、僕が騎士団で虐めに合っていることやそれ以外にも仕事場で虐げられていることを、まるで見てきたかのように事細かく言い連ねる。
さらに今度は僕の両手を掬うように持ち上げた後で、泣いて見せた。
「ローアル。わたくしのものになると言いなさい。
そうすれば、わたくしがあなたを全力で守ってあげられるわ。」
僕がそばにいたいと言いさえすれば特別な待遇をしてやると言う皇女は、必要以上に僕のそばに顔を近づけた。
そのまま頬に皇女の吐息がかかり、びっくりして僕は目を逸らした。
…だめだ。この空間が耐えられない。早くここから出たい。この人のそばに居たくない。
「…僕は大丈夫ですので…」
きつく握った手は離してもらえず、思わず逃げ腰になってしまった。
上手く皇女を傷つけず解放してもらうように言えただろうか…?
「…分かったわ。ローアル。」
ようやく皇女が僕を解放してくれた。
そのことに安心して僕はそこを去った。
でもそれは間違いだった。
この時の行動を皇女は『拒絶』と受け取ったのだろう。
それがさらに酷い執着を生むことに、僕は気づきもしなかった。
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