失ってしまった僕の星⑥
初めて感じたこの感情の名は、嫉妬。
ドロドロとした、穏やかでない、エステレラを奪われたくないという気持ち。
こんなに醜い自分を君に知られたくないな……
「昨日は大丈夫だったの?
陛下に、何もされなかったかい?」
夜も更けた頃にエステレラが部屋に戻ってきた気配を感じた。
本当は走って隣の部屋の扉を開けて無事を確かめたかったけど、いつもの自分じゃないのを知られてエステレラに嫌われてしまいそうで、ぐっと我慢した。
それから少しだけ眠りについた。
完全に夜が明けるとすぐにエステレラに会いに行って、恐る恐るそう尋ねた。
彼女は眠そうに欠伸をしながら不思議そうな顔で僕を見上げた。
「大丈夫だったよ…?陛下は私の刺繍の腕を見たかっただけみたい。」
そう彼女がいつもと変わらない笑顔で言ったので、ようやく安心することができた。
大丈夫だ。嘘をついているようには見えない。
何もなくて本当に良かった………
———しかし後日、エステレラが今度は帝国一の魔術師ディー・ハザック・ストレーガ公爵様に呼び出されたと聞いた。
ディー様と言えば、わずか18才ながら公爵家当主であり、魔術師としての才能は帝国一だと聞いている。
何より麗しいその美貌が女性たちの間で大の人気な方らしい。
この前の皇帝に引き続き、なぜこうもエステレラを…?
もしかしてエステレラのこの可愛さに惹かれたなんてことはないだろうか…?
あり得る。
この前の皇帝陛下もディー様も、エステレラの魅力に気づいてしまったのかもしれない。
そう考えるとまた胸がチリっと焼けついた。
———僕たちは皇宮に召し抱えられてから、謂われない差別を受けることが多かった。
陛下のご好意で憧れていた皇室騎士団の訓練を受けることになったが、エスピーナ皇女の護衛騎士でもある副団長のフォンセ様が、同じ訓練生の貴族の子息たちを扇動して僕に幼稚な嫌がらせをした。
身分が低いからと馬鹿にされても黙っていたのは、頑張って努力すれば、いつか本当に皇室騎士になれるかもしれないと思っていたから。
皇室騎士になって爵位を賜れば、もう誰にも『下賎な身分』とは呼ばせず、堂々とエステレラにもプロポーズができる。
彼女の喜ぶ顔を見るためなら、僕のちっぽけなプライドなんていらない。
そのためならどんな屈辱も甘んじて受け入れようという思い、耐えた。
———しかし子息たちは卑怯にも大人数で僕の手足を拘束し、リーダー格のそばかすの奴を中心に、体を傷つけられてしまう。
「貧民が…!思い知ったか!」
「ギャハハ…」
剣や拳で僕を殴るだけ殴り、気が済んだ彼らは笑いながら去って行った。
悔しかった。
一対一の対等な勝負なら負けない自信があるのに。
剣を持たせてもらえたら実力を示せるのに。
身分がないことがこんなに情けないなんて。
顔も服もボロボロになってしまった。
エステレラに合わせる顔がないな…
その夜はやっぱりエステレラが泣いてしまった。
僕をベッドに座らせて、泣きながら背中を治療してくれる彼女に申し訳なく思った。
「ひどすぎる…よってたかってローアルにこんなケガを負わせるなんて…人間のクズだわ!許せない!」
僕のことを心配して泣いてくれるエステレラの気持ちが嬉しい反面、そうさせている自分が、本当に惨めで情けなかった。
自分のケガよりもエステレラの涙を止めたいと思い、顔を上げて平気なふりをした。
それよりも彼女がディー様に呼び出されたことの方がよっぽど気がかりだった。
じっとエステレラの美しい赤い瞳を見上げて僕は尋ねる。
「…それよりも、エステレラこそ、何もされてないの?
この前は皇帝陛下、そしてその次には魔術師様に呼び出されて…本当に心配したんだよ。」
本当は嫉妬で狂いそうだったと言えたらどんなにいいだろう。
やはりエステレラは、前回と同じようにキョトンとした顔をしていた。
「私は大丈夫だよ。」
殺されたり、拷問されることを心配してくれていたんでしょ?とでも言いたげにエステレラは無垢な表情をして僕を見つめた。
密着し、服越しに伝わる彼女の温かい体温にいつも安心する。
僕が心配しているのは君が、自分がどれだけ魅力的なのか自覚がないところだよ。
そう言いたいが恥ずかしくて言えなかった。
それからエステレラに僕の本音を言い当てられて動揺した。
騎士団で剣を握らせてもらえないこと。
身分が低いからと理不尽な暴力を受けたこと。
そのことがどれだけ悔しいかということ。
言われて初めて僕は悔しいのだとエステレラの前でボロボロ泣いてしまい、エステレラはそんな僕と一緒に泣いてくれた。
僕の愛しい、優しいエステレラ。
このまま離したくない…
情けないけれどそばにいたい。
僕がどれだけ君を好きか分かってくれる?
君が好きすぎて、日毎に大きくなるばかりのこの気持ちを。
この城から出ることができないなら、せめて。
エステレラと二人で幸せになるためには、なんとしても皇室騎士を目指さなければ。
そんな灯火のような気持ちが、僕を強くするのだった———————————
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