失ってしまった僕の星③

 名前のない少女を棲家にしている廃墟に連れて行き、火のそばに座らせた。



 この家にあった毛布を渡す。干し肉を与えて、桶に溜めていた井戸水を温め直して飲ませた。



 珍しい赤い瞳に、赤茶色の髪をした、今にも折れてしまいそうな小さな少女。

 瞳は潤み、満たされたような表情をして言った。


 

 「ありがとう…ローアル…?」



 ありがとう、だなんて。

 僕は驚き、思わず視線を逸らした。

 出会った時は死にかけていたのに、まるで花が咲いたような笑顔だった。



 名前がないという彼女に思い付いたのは『星』という言葉だった。

 以前父親に、自分の名前の意味について聞いたことがある。



 その時に一緒に聞いた名前が『エステレラ』。

 星という意味だ。



 おかしな気分だった。

 確かに今朝までは死のうと思っていたのに、今は目の前にいるこの小さくか弱い少女を放っておくことができない。


 僕の前に現れた『エステレラ』。

 夜空に浮かぶ星と月は必ずそばにいる。



 無意識に彼女のそばにいたいと願いを込めていたんだろう。



 「ローアル…月?そうなの…貴方の名前も本当に素敵ね…」



 力強い眼差しで、彼女が僕を見てる。

 向けられた笑顔がどうしようもなく可愛くて、僕はまた目を伏せた。



 …不思議だ。彼女を守りたい。



 彼女を守りたいと思うと、生きる希望が湧いてくる。

 死にたいと思っていたのに…

 エステレラに出会ったことで僕は生きたいと思うようになった。



 彼女は本当の意味で、絶望していた僕の前に現れた、輝く『星』だった。


 


 ◇◇◇



 それからは廃墟で一緒に暮らした。



 子供だけで生き抜くための知恵を出し合い、寒い夜でも二人で身を寄せ合った。

 ただ、二人で毛布に包まるだけで温かかった。


 何よりエステレラがとても素直で、優しいところが大好きだった。



 僕が狩りでケガをすればすごく心配して、一人で森に入ってまで薬草をかき集めてくるし(それは危ないからやめてねと言ったけれど)、風邪をひいた僕のそばで泣きながら、看病してくれたこともある。



 「ローアルが死んじゃったらいやだ…」



 「そんな…大げさだなエステレラは。簡単には死なないよ?」



 「ただの風邪だとゆだんしたら、ダメなんだよう…」



 泣きじゃくるエステレラ。それでも僕のそばを離れようとしない。

 その様子が何だか愛おしくて、笑いが込み上げてきた。



 「アハハハ…っ、ゴホッ、ゴホッ。」



 「ローアル!?大丈夫?…もうっ、笑うからだよ。」



 咳込んだ僕の背中を優しくさすってくれる。

 だけど思わず笑ってしまった僕に対して、分かりやすく拗ねていた。

 プクッと膨れた頬は、まるで子リスが餌を口に詰め込んでいるみたいに豪快な膨れ方だったから。



 エステレラは僕より1、2歳は年下なのではと思うが、素直で可愛いく、どことなく教養深いところがある。

 彼女を捨てた母親が学がある人だったのか、立ち振る舞いや所作はいつも上品だった。



 恥ずかしがり屋の僕のフォローは欠かさず、家のことや料理や洗濯を頑張ってくれたし、いつも僕に感謝の言葉を伝えてくれる。



 「ローアルのその、オーロラみたいな瞳が大好きよ。」



 「あなたがいてくれて、本当に良かった。」



 何事にも素直に気持ちを表現する。

 いつも一緒に添えられる笑顔が眩しすぎて、僕はつい顔を背けてしまう。



 強く逞しく、生きる情熱を持つエステレラに僕はいつも助けられていた。


 

 それから何度目かの冬の前に、一度だけねだられて狩に連れて行ったことがある。

 エステレラの前で格好つけて、何とか獲物を獲ることができたその日。

 その場で捌いた子鹿を食べることにした。



 食事をして、焚き火を見つめながら、僕はふと彼女に皇室騎士に憧れていることを話した。


 だが、皇室騎士は憧れで努力すればなれるというわけではない。

 少なくても男爵以上の身分でないと資格がないのだ。

 スラム街で育ち、今は貧民で身分がない僕にすれば到底夢物語。



 それにも関わらずエステレラはその夢を貶したり、諦めろと諭したりしなかった。



 「皇室の騎士……?素敵ね。

 ローアルらしい、立派な夢だわ。」



 本当に澄んだ美しい瞳をしていた。


 


 「大丈夫よ、ローアル。身分なんか関係ない。

 不可能も可能になる日が、きっと来るはずよ。」




 そう言って彼女は微笑んだ。

 温かいエステレラの気持ちに触れるだけで心が癒されていく。

 狭い距離で情熱的に見つめられて突然心臓が跳ね上がる。

 恥ずかしくなって、いつものように顔を背けた。



 何だろう。この気持ち。

 エステレラを見るだけで胸がキュウっと切なくなる。



 なりたい。皇室騎士に。

 なって、エステレラをもっと、今よりもっと幸福にしてあげたい。


 

 そんな不思議な気持ちが芽生えていった。




 



 ———さらに数年が経ち、器用な彼女は繊細な刺繍を施したタペストリーを作り始めた。



 帝都にある商業ギルドは才能さえあれば誰が作ろうとその能力に見合った分だけ商品に価値をつけてくれる。



 狩りで仕留めた獲物の肉を市場に売って、得たお金で素材を揃えたエステレラはいつも僕に感謝してそれを売りに行った。



 才能ある彼女のおかげで2人での暮らしは安定してきた。

 僕は14歳、彼女もおそらくそのくらい成長しただろう。

 もしかすると少しずつお金を蓄えていけばこのまま平民の身分だって買えるかもしれない。

 そうしたら…



 その頃から僕は、老齢の元騎士という人に剣術を教わっていた。

 彼とは商業ギルドで偶然出会い、弟子入りを申し出たのだ。



 お爺さんは皇室騎士の団長でありながら、皇女が苦手で城を辞めてしまったのだと言った。



 騎士を辞めてからが本当の自由だ!という彼との訓練は、とても学び甲斐があり、楽しかった。

 お爺さんも「お前には才能がある!」と張り切っていた。

 その日はお互い稽古に夢中になりすぎていて、僕はうっかり腕に傷を負ってしまった。

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