失ってしまった僕の星②


 あの雪の日に、死のうと思っていた。



 僕の家族と言えば父親だけで、昔はそれなりの貴族だったらしい。

 でもギャンブルで借金を抱えて没落し、借金取りからも逃げた。

 そのうちスラム街で暮らすようになったらしい。



 機嫌の悪い日には当然のように殴られる日もあった。



 「あ…?なんだ?その目は!!」



 「いえ、何も…」



 「お前のその不気味な薄紫色の瞳が気に食わないんだよ…!

 お前のせいで妻は死んだ!お前のせいだ…!

 お前さえ生まれてこなければ…!

 この疫病神が!」



 「ご、ごめんなさい!」



 毎日のように僕は父親から殴る蹴るの暴行を受けていた。

 怖くて何もできず、父親が飽きるまで背を丸めて耐えるしかなかった。



 僕の容姿は両親のどちらにもない薄紫色の瞳に、銀色の髪。

 父はそれを呪いだと言った。


 

 『僕さえ生まれてこなければ』



 母親は僕を産んですぐ亡くなったらしい。

 それを父親は、呪われた僕のせいだと罵った。


 

 しかしそんな父親にもまれに機嫌の良い時があり、時々狩りに連れて行ってもらえる日があった。

 お陰でその時に色々と教わることができた。



 でもそんな日は本当に僅かで、ほとんどの日は現実逃避で酒に溺れ、荒んだ生活をする父親からの耐え難い暴力を受け続けた。



 そして、遂に———

 父親は森の外れにある崖の上で、僕の首を絞めて殺そうとした。



 「お前さえいなければ!妻は死ななかった!

 俺がギャンブルにハマることもなかった!

 没落することもなかった…!

 お前が生まれてこなければ!

 お前さえいなければ…!

 なんで生まれたんだ?要らないんだよ!

 誰もお前なんか必要としない!お前なんか死んでしまえ!」



 そんなにも僕を憎んでいるの…?



 暴走したその言葉を受け止めるには幼すぎた。



 理不尽な暴力が牙を剥き、残酷な言葉が心を突き刺した。



 でも僕は必死に抵抗した。死にたくなかった。

 結局僕が暴れたことでバランスを崩した父は、崖の下に転落していった。

 崖下は深い森で彼の姿を見つけることはできなかった。



 僕のせいだ。

 ぜんぶ僕の。



 なんで僕は生まれてきてしまったんだ?

 僕さえ生まれてこなければ、みんな幸福だったのに。



 その後僕は父親と暮らした家には戻らず、スラム街にある廃墟に棲家を移した。



 父親に教わった狩猟のおかげで、森に入り一人で獲物を獲ることができた。

 保存食を作り飢えを凌いだが、十分な栄養は取れなかった。

 また、この厳しい気候が体力を奪っていった。



 トルメンタ帝国はとにかく寒い。



 子供の自分がこの冬を乗り切ることは、できないかもしれない。

 それでも貧しいスラム街では、誰一人救いの手を差し伸べる者はいない。

 自分が元は貴族だったかどうかも、だんだん分からなくなっていた。



 そんな状況で、冷たい廃墟で眠る夜は嫌というほど悪夢を見た。



 『お前さえ生まれてこなければ』

 『誰もお前なんか必要としてない』



 その時僕はまだ7歳。

 一人きりで人間らしい生活を送るのは不可能で、寒さや飢えの他に父親の呪いの言葉が僕を苦しめた。

 孤独は心を蝕んでいく。

 もう僕のそばには誰もいない。



 生まれてこなければ…

 僕のせいで母が死んだ。父も死んだ。

 僕がいなければ…

 僕はいらない子だから…

 誰も僕を必要としないんだ…

 何でまだ生きてるんだ?

 もう…生きていたくない…


 

 悪夢から目覚めたその日の朝に、僕は死のうと思った。


 

 ———だけど彼女に出会った。



 僕をじっと見つめる燃えるような赤い瞳。

 雪のちらつく閑散とした灰色の空の下。

 似たように痩せ細っている、今にも死んでしまいそうな彼女に。



 なのにその瞳は、まだ死にたくないと僕に訴えかけているようだった。



 「君はだれ…?

 …親は?」



 

 「……いない。捨てられたの。

 もしかして、あなたもそう?」



 少女は力なく答えた。



 その瞬間、『助けなきゃ』と思った。

 あの冷たそうな真っ赤な手を握って、もう大丈夫だよと言ってやりたくなった。

 小さく震えている彼女の手を取り、安心してほしくて微笑んだ。



 「とにかく、ここは寒いから暖を取った方がいい。

 ね?僕と行こう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る