魔術師ディーの幸福


 ◇◇◇


 

 今から300年ほど前に滅んだ国を巡り、長い戦争や内戦が繰り返された。

 しかしついに人々が安心して暮らせる新しい帝国が興った。



 新しくその国を治めた皇帝は世に蔓延る不正や汚職を正し、また民を平等に愛した。



 都市には活気が溢れ、一度は途絶えた魔術の発展により生活水準は上がり周辺国に名を馳せた。

 帝国の名前は『レールタ』。意味は『星』である。



 ——————



 「皇女様。今日も驚くほど元気に走り回っていますね。」



 皇女のために建てられた皇女宮の広大な庭で、元気に剣を振るう彼女は、この国の第一皇女である。

 白銀の長い髪を束ねた男は、全てをまるで見ているかのように呟いた。


 

 「ディー…!いつからそこに?」



 振り向いた彼女は、赤茶色の髪を靡かせ嬉しそうに笑った。



 「ずっといましたよ。」



 「もう。すぐに声をかけてくれれば良かったのに。」



 近づく彼女の声はとても軽やかだ。

 …この目が見えれば、きっと美しく育った彼女を見ることができただろう。

 誰もが彼女をこう絶賛する。



 『皇帝に似て情熱的な赤い瞳をし、暖かな紅葉のような赤茶色の髪をし、色白で華奢。

 剣術が好きで、少しおてんばで、けれど賢く、民を大切に慈しんでくれるお方だ』



 その優しい声を聞けば彼女だとすぐに分かるし、気配を感じればすぐに気づく。



 「お茶にしないか。」



 「貴方の好きなお茶菓子もあるわよ。」



 『金糸のように美しい髪をし、赤い瞳をした優しい皇帝と、皇女様と同じ赤茶色が鮮やかな髪をした、賢い皇后』



 見目麗しいと讃えられている両親の二人が、皇女を呼びにわざわざ皇女宮に訪れた。

 仲睦まじい家族はいつも幸せそうだ。



 「ディー、お前もいらっしゃい。みんなでお茶しましょう。」



 柔らかい声で彼女がわたしの手を引いた。

 …見えなくても感じることはできる。



 皇女の名前は『エステレラ』。

 300年前に亡くなったあの娘が転生したのだ。



 信じられない話しだが、彼女の容姿は前世と変わらなかった。



 それだけではない。

 この帝国の皇帝の名を『アウトリタ』、皇后の名を『トリステル』。

 不思議なことに皇帝も皇后も前世と同じ名前で、皇帝に至ってはやはり前世と同じ容姿をしていた。

 まさに奇跡とでも言うか。



 そして…わたしもまた転生し、ディーとして生まれ変わった。名前は両親がつけてくれた。

 生まれは公爵家ではなく平民だったが、魔力量が多いのを見染められ、エステレラに魔術を教える講師として皇室に召し抱えられた。



 …彼らと違うのは、わたしは記憶を持って生まれてきたことだ。

 エステレラの死の直後、わたしは魔術で取引をした。



 『どうかエステレラが幸福であるように』と。



 わたしは、畏多くも神物に取引を持ちかけたのだ。

 その対価として転生後は盲目で生まれたのだと思う。

 しかし魔力によってエネルギーを通じて物体を感じることができたから、そこまで不便はない。



 「ディーのその目も…いつか治ればいいのにね。」



 中庭でお茶を楽しんでいるとエステレラが呟いた。

 真剣な眼差しで、食い入るようにこちらを見ていることだろう。

 憐れむというよりいつか治してやるぞ、という希望に満ちた目をしているはずだ。



 「わたしは別に見えなくても良いのです。

 …これは大切な人を傷つけた戒めですから。」



 「大切な人?初耳よ。ディーにそんな人がいたなんて…」



 興味津々に呟くエステレラの声に。

 お前のことだよ、と考えてふっと笑った。



 …お前のことが好きだと気づいたのは、魔法陣の中で死に絶えたお前を見た瞬間だった。


 

 わたしは本当に愚かだった。



 しかもお前はわたしのために『ケレブの心臓』を密かに探して、わたしに自由になるように遺言を残していた。



 その瞬間、お前がトルメンタ帝国の前皇帝アウトリタ陛下の本当の娘であると気づいた。

 あれはトルメンタ帝国の皇族の血統でしか扱えないのだから。



 地獄のように辛く苦しい前世でお前は、狂いながらもわたしを救ってくれた。


 

 ……………



 …彼女に前世の記憶はない。

 それはアウトリタ皇帝にもトリステル皇后にも共通していた。



 お前がいなくなって寂しかった。

 だがこうして生まれ変わったおかげで幸福なお前のそばにいることができる。



 例えお前に記憶がなく、例えわたしの目が不自由でも、側にいることができて嬉しい。

 この目は前世のお前に対する償いだ。

 それでも安すぎる対価だ。



 前世の無垢なお前を殺してしまった償い。

 だからこの目は一生治らなくても良いんだ……

 エステレラ。

 今世こそは側で、お前の幸福を最期まで見届けたい。



 


 

 それからわずか5日後のことだった。



 皇室騎士団員選抜の対戦試合のために会場に現れたローアルの存在を感じたのは。

 纏う気配が前世と変わらないということは、おそらく容姿もそのままだろう。



 何でお前まで。

 という激しい怒りが込み上げた。



 「エス…テレラ…?」



 彼の口から驚きと、困惑の声が上がったのを聞き逃さなかった。




 〜ローアル・side・story・1へ続く〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る