それでも最期に願うのは③


 「ディー様、どうか私を殺してください。」


 

 赤い瞳から一筋の涙が溢れ落ちる。



 今までずっと押し殺していた辛い気持ちは、ついに言葉になった。

 溢れ出す深い憎しみが止められない。


 もう、この地獄のような生から開放されたかった。


 いい友人のふりをして、ずっとローアルの側にいた。


 だけどその心はもう黒く染まっていた。

 冷静であろうとした。でも無駄だった。



 今もまだ、私はローアルがどうしようもなく好きだ。

 好きで好きで、たまらない。

 それが余計に私を苦しめた。




 認めるわ。




 私はローアルが憎い………!!




 私を嘲笑っているローアルと、エスピーナが憎い……!!



 こんなに醜い思いを抱えて生きるくらいなら、もう私は死にたいのよ……!!!



 だって見て。

 身体があちこち欠けて私はこんなにボロボロになってしまったわ。



 ローアルに捧げるはずだった綺麗な身体はもうどこにもない。

 こんな体の女を、頼まれたってローアルは抱きたがらないだろう。



 帝国一の権力を持ち、いつまでも若々しく、美しく、華やかな身なりのエスピーナを毎晩のように抱いている方がいいのだろう。



 あとは醜い私がいなくなればいいのよね?

 皆が噂する化け物のような私が。



 …最後に心臓を捧げれば、ローアルは真から幸福になれるのでしょう?




 泣きながら殺してくれと言う私に、ディー様は激しく動揺しているみたいだった。



 けれどやがて納得したように、悲しそうに頷いた。



 「エステレラ。……もう楽にしてやる。」


 

 いつものようにディー様が呪文を唱えると、徐々に魔法陣から赤い光が浮かび上がった。



 ディー様の家門、皇族の血筋であるストレーガ家の後ろ盾を手に入れるため。

 これまでの何よりも大きい。

 対価は『心臓』。

 納得だ。

 むしろこれでも足りないほどだろう。私は静かに死を覚悟した。



 「本当に君は馬鹿だな………わたしも。」



 …泣かないでくださいディー様。



 あなたがエスピーナと共謀しているのを知っていたけれど、責めるつもりはない…この道を選んだのは私なのだから。



 それに…企みがあったとしても、私が寂しい時にいつも側にいて下さってありがとう。



 …もうすぐで私は死ぬんだろう。



 次第に春の嵐のような強い風が吹く。

 死の恐怖よりも最後に、ディー様が私に言ったあの言葉を思い出していた。



 『それでも彼の幸福を望むのか…?』



 それまでにあった、自分の中の薄暗い感情や、憎しみを思い浮かべた。



 それでも最後には、ローアルに出会ったあの日のことや、一緒に暮らした日々、彼の何気ない優しさを思い出した。





 …私に『エステレラ』と名前をつけてくれた彼。



 柔らかく笑う彼。



 照れて目を伏せてしまう彼。



 言いたいことを飲み込んでしまう彼。



 時々怒ってそっぽを向いてしまう彼。



 天気の良い日に洗濯物を干してくれる彼。



 私の命を救ってくれた優しい彼……



 エスピーナを愛した彼…



 ああ……………どれもローアルだった。



 どれも私が愛したローアルだった。



 愛している。



 だから、私はやっぱり望む。



 ローアルの幸福を。



 ローアル。これからもあなたが、永遠に幸福でありますように————



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