それでも最期に願うのは②


 私が死のうが、もう……どうでもいいの?

 ローアル………………



 

 


 

 ———時おり東の離宮に訪れるローアルは、変わらず愛らしい眉をして私を見つめていた。

 あれから毎日のように雪だ。



 『エステレラ。僕は、毎日本当に楽しくて幸せだ。』



 照れたように幸せそうに微笑う仕草も、恥ずかしそうに伏せた目も変わらずに。

 皆が言う童話の中の理想の王子様という印象はより強くなる。



 「ローアル……あなたが幸せなら私も嬉しいわ…。」



 今、ローアルはエスピーナの専属騎士になるためにある宝石を欲っしているという噂を聞いた。


 それは特別な鉱山から取れる希少な鉱石を研磨した宝石で、その価値は大きな城を一つは買えるほどだという。



 もしかして今度はそれを強請りに来ているのだろうかと、ふと考えてしまう。



 「幸せだ」と笑うローアルを見るたびに、胸がジクジクと痛んで膿が広がる。

 でも私にできるのはローアルに合わせるように笑い返すことだけ。



 この離宮に、ごく稀に訪れてはすぐに去ってしまうローアルの後ろ姿を、今日も庭園で見送る。



 私たちの間にはずっと、何も語らない雪が降っている。



 その雪の中に美しく舞う花びらの花言葉は、【裏切り】。



 ローアルが全てを知っていて私を犠牲にしているのだとしたら、二人の間にこれほど相応しい花はないでしょう。



 一度疑い出したらどこまでも疑心が付き纏う。



 信じているのに。



 信じられない。



 愛しているのに。



 私はローアルを愛しているの…?



 いつの間にこんなにも深く…



 だからこそ、深い憎しみが湧く。


 

 それでも私は、まるで誰かに呪いでもかけられているみたいに、自分を犠牲にするのを止められなかった。



 ローアルが欲しがっている宝石を手に入れるため、ようやく帰還したディー様にまた、みっともなく縋ってお願いする。



 これこそエスピーナとディー様の思惑通りね…



 ———魔法陣の中に入っていくのにすっかり慣れた私を、ディー様は物悲しそうに見ていた。



 馬鹿だと言いたいのでしょう?

 そんな顔をしないでディー様。

 あなたもどうせ、私が死んでもいいと思っているのでしょう?

 むしろそれが狙いなんでしょう?



 だからそんな顔をしないで。

 心配してくれているのだと勘違いしてしまいそうになるから…





 ◇◇◇





 ゆらゆらと、白い光が揺れている。



 太陽の光…?

 それとも月の光だろうか…?

 眩しいけど片目ではどうにも確認しづらい。



 私の左目の眼球は永遠に失われてしまったのだから。

 


 「…エステレラ?」



 誰かが私を呼んでいる。

 


 あの儀式の後で気を失い、今まで眠っていたのか。

 無理はない。

 あれほど大きな儀式だったんだもの…むしろ生きているのが不思議なくらいだわ。


 

 残された方の目に、私の手をぎゅっと掴み、まるで祈っているようにも見えるローアルの姿が飛び込んできた。



 「ロ…」

 「君のおかげだよ。」



 「君のおかげで、なれたんだ。皇室騎士の中でも名誉ある専属騎士に。本当にありがとう、エステレラ。」



 涙を浮かべ、嬉しそうに笑うローアルを見て私は言葉を詰まらせた。



 良かった。


 

 …今度は目を犠牲にした甲斐があった。

 半分の目でしか見えないけどこんなに笑うローアルを見たのは久しぶりだ。

 私が倒れたと聞いてそばにいてくれたんでしょう?

 優しいローアル。大好き。



 …なんて、うそ。



 …違うでしょ。



 言って。ローアル、言ってよ。



 『君のおかげで、大好きなエスピーナの専属騎士になれたんだ。』って。



 私の失った目を見て言いなさいよ。



 知っているのよ。ローアル。



 皇室騎士の中でも、名誉ある専属騎士になれたのが嬉しいんじゃない。



 エスピーナの専属騎士になれたのが嬉しいんでしょ?



 あの女が好きだから…!!



 あなたは私が何を犠牲にしているか、知っているんでしょう?

 知っていて黙ってるんでしょ?

 エスピーナを手に入れるために、私を利用してるんでしょう?


 

 …違う。



 違う。違う。違う。



 ローアルは…そんな人じゃないのに…

 信じたいのに……!



 私、いつの間にこんなに、大好きなローアルを疑うようになってしまったの?

 本当に自分が嫌になる。







 私が片目を失ってから、宮中にはこんな噂が流れるようになった。



 『皇家の血が流れているディー様は銀髪だから、同じ銀髪のローアル様にも実は皇族の血が流れているのではないのか』



 『ローアル様はストレーガ公爵家に縁のある誰かの子ではないのか』



 『だとするとローアル様は本当に皇子に近い存在ではないのか?』



 廃れていく皇宮でも、ロマンスが好きな宮中の女官たちは夢中でそのことを語る。



 スラム育ちのローアルと私。

 一方は奇跡のように地位や富や権力を手に入れ、一方は呪いのように左手小指、左脚、臓器、左目が欠けてしまった。




 『本当の皇子と壊れた姫』。



 今や宮中では誰もが私達のことをそう呼んだ。


 


 ———目を失った事で、ほとんどの時間を車椅子で過ごすようになった。



 そんな私を憐れむような素振りをしながら、ローアルはまた、何かを強請るようにじっと私を見つめている。




 今ローアルは、エスピーナと結婚したがっているらしい。




 だがそれにはストレーガ家の後ろ盾が必要で、ディー様に後継人になってもらわなければならないらしい。


 

 

 だからなのか、泣きつくような、縋り付くような優しい声でローアルは私に尋ねる。



 「ねえ…エステレラ。僕が幸福だと君は嬉しいかい…?」



 もう片目でしか彼を見ることはできないけれど。

 エスピーナとの結婚を夢見ているローアルの瞳は、まるで水滴を垂らした水面みなものように揺れていた。



 ずっとローアルの幸福を願っていた。



 エスピーナと結婚することがローアルにとって幸福なら、叶えてあげたい。



 本当にそう?



 ローアルは私が体を犠牲にしていることを知りながら、なぜ何も言わないの?


 

 なぜ私にそんな縋るような目をするの?



 もう幸せなんでしょう?


 

 そんなにエスピーナと結婚したいの?



 そんなに私から、まだ何かを奪いたいの?


 

 私のことは本当にどうでもいいのね。



 嫌いよ。(違う大好き)



 憎い。(愛してる)




 嫌い。嫌いよ。

 (愛してる、愛してるわ)



 貴方が嫌い。エスピーナも嫌い。

 (違う、幸せならそれでいい)



 二人して私に死んで欲しいのね。

 (幸せになってね)




 「嬉しいわ……

 ローアルが幸せだと、私も幸せなのよ。」



 どうやってそのセリフを紡ぎ出せたのか、もう分からない。

 嘘をつくのも息を吐くのも、全て同じになってしまった。



 


 ————————————————



 自分の気持ちを完全に見失った私は、逃れられない呪いのように、再び取引きをディー様に頼む。



 ローアルは完璧に幸せでなければならない。



 彼が幸せでなければ自分もまた、幸せにはなれない。

 そのためには自分を壊してまでローアルに尽くすことだ。

 それ以外にお互いが幸せになる道はない。



 …むしろこの頃はもう、私は身体だけでなく心まで完全に壊れてしまっていた。


 


 ——————————


 —————————————




 静かにディー様は私に尋ねる。なぜか怒ったような顔をして。




 「ストレーガ家の後ろ盾の対価は…

 お前の心臓と引き換えだ。

 そんなもののために…

 そんなクズな男のために…君は自分の命を捨てるのか?

 それでも彼の幸せを望むのか?」



 「私は……」



 私はローアルを愛してる。



 だが憎い。



 彼が幸せになるのならこの命を捧げても構わない。



 違う、嘘ばかり。



 地獄に落ちてほしい。



 いや、違う。



 見返りが欲しくて始めたわけじゃない。



 幸せになってほしい。



 本当に…?



 ………こんなに全てを犠牲にしたのに。



 幸せになるなんて許せない。



 不幸になればいいのに。



 幸せになんてさせてやるものか。



 …だめだ、違う。



 絶望を繰り返してついに私はおかしくなってしまったの?


 

 愛してる。



 けれど憎んでる。裏腹な言葉ばかりが溢れて止まらない。



 これが本当の最期なら、私が望むのは—————



 「……………殺して。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る