私たちは変わってしまった①


 ◇◇◇


 

 あれから瞬く間に2年の月日が流れた。

 


 東の離宮には相変わらずエステレラがいたがそのあだ名は『偽物の姫』から『壊れた姫』と呼ばれていた。


 

 初めは小指を失い、次に左足を失った。



 噂では隣国を訪れた際に魔獣に襲われて切断するに至ったと囁かれている。

 そして中には腎臓と呼ばれる臓器を無くしたという噂もあった。


 

 宮には限られた女官しかおらず、宮内や庭園は荒んでいる。

 また、使用人や衛兵たちは次々に体を欠損させるエステレラを不気味がり、近寄ろうとはしなかった。



 ただ彼女の隣にはいつも、車椅子を押す帝国一の魔術師であるディー・ハザック・ストレーガの姿があった。

 その不思議な組み合わせは人々の間でしばし噂さていた。



 「あの壊れた姫に近寄るなんてディー様はどうしちゃったのかしらね。

 前皇帝の時のようにまた色仕掛けを…?

 でも体は不自由なはず…」



 「しかも、あの壊れた姫が今だに皇帝陛下とローアル様の邪魔をなさってると言うじゃない?

 純粋に愛を貫くお二人にとって、全く相変わらずとんでもない悪女だわ!」



 「もう、壊れた姫なんてどうでも良いわよ。

 どうせ何の権力もない飾りだけの皇女だし。

 それよりも聞いた?

 ついにローアル様が騎士団に入って騎士の爵位を授かったらしいわよ?

 トルメンタ帝国の騎士の爵位といったら上級貴族の仲間入り!

 聞いた話だと、爵位式に現れたローアル様のお姿はそれは素晴らしいものだったらしいわ!

 相応しい身分を次々と手に入れられて、今や伯爵と騎士の爵位をお持ちになっているわ。」



 「でも…ローアル様ってばどうやって身分を手に入れられているのかしら?

 陛下が寵愛しているから特別に…?

 初めは貧民出身だったのに、平民同然の準貴族から男爵に、それから最近になっていきなり伯爵でしょう?

 帝都の外に、大きな領地まで持ったらしいわよ。」



 「よく分からないけれど、ポルコ様が亡くなられて国庫管理などの仕事ぶりが評価された結果じゃないかしら?

 騎士としての腕も立つというし…

 何より尊いのはあの美しいお顔!

 陛下が羨ましいわー。

 まさに逆玉の輿よね!いつかお二人はご成婚されるのかしら。」



 無邪気に噂話をする女官たち。



 その話を一掃するように、ディーはゆっくりと車椅子を進めた。

 真正面には誰も手入れをしたがらない庭園があり、そこをディーが綺麗に整えたという噂も。

 見ればエステレラの瞳の色に似た赤い花が咲いている。

 空から、ちらちらと雪が降り始めた。



 「…エステレラ。今日はお前の誕生日だね。

 おめでとう。」



 そう言ったディーがエステレラに向ける表情は初めて会った頃と比べて非常に柔らかく、そして確実に優しくなっていた。


 

 次々に身体を失った彼女に罪悪感を覚えているのだろう。

 エステレラは後ろを振り向いた。



 「ディー様。…もう。本当に私の誕生日はいつかなんて分からないんですよ?」



 「だから『今日』でいいんだよ。

 わたしとお前が初めて出会ったあの日が、お前の誕生日だ。」



 「全く。変な理屈です…」



 どこか照れ臭そうに笑うエステレラ。

 そんなエステレラを慈しむように見ているディーの姿がある。

 女官たちの噂話はあながち嘘ではない。



 今のローアルが手に入れた地位は、すべてこのエステレラが、自分の体の一部と引き換えにしたものだから。


 

 ———16歳の頃合いになったエステレラ。



 小指、左脚、片方の腎臓を失ったがそれでも彼女の心は折れなかった。

 魔術で切断された欠損部分の出血量が多く、何度も死の淵を彷徨った。



 惨めにエステレラが死んでゆくこと。



 それがエスピーナの狙いでもあった。



 それでも彼女は生き残った。

 自分の命を奪おうとしているディーを許し、こうして向き合っている。



 そうしているうちに、ディーはやがて健気な彼女のそばにいたいと思うようになった。

 本来なら許される立場ではないのに。


 

 罪悪感に沈むディーをよそに、一人の女官が近寄ってきた。



 「エステレラ様、ただいま応接間にて、ローアル様がお見えになっております。いかがなされますか?」



 「ローアルが?………すぐ向かいます。」



 「畏まりました。」



 女官はさっさと離宮に戻っていく。

 それを聞いたディーは訝しがるような表情をしたが、何も言わずエステレラの車椅子をゆっくり離宮に向かわせた。

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