前世編〈皇子と壊れた姫と最期の幸福〉

愚かな娘①

 

 国民に見守られ、戴冠式を終えたエスピーナはトルメンタ帝国初の女皇帝になった。



 そこからエスピーナの独裁的な恐怖政治が始まった。



 宮中または国内で、自分に反抗的な臣下や貴族がいればすぐに処刑した。

 また、処罰はその家族や親類にも及んだ。



 国民にはこれまで以上に過酷な強制労働を課し、高い税を搾り取った。

 税を払えない者達は次々と縛首にした。



 手に入った金は贅沢に使った。

 己の美を磨き、欲しい宝石やドレスを次々と手に入れていった。



 気にいったものがあれば、他人の物だろうと奪った。

 また、お気に入りのローアルに近付く宮中の美しい女を、片っ端から闇に葬った。



 人を精神的に支配するのが得意なエスピーナの背後には、事実上帝国最強となった魔塔主のディーがいて、誰もがその力を恐れていた。

 だから残された無能な臣下たちは、誰もエスピーナには逆らえなかった。



 貴族達は疲弊するか、エスピーナに取り入って懐を潤し、国を腐敗させるかのどちらかに別れた。




 しかし横暴は上手く隠され、国民には素晴らしい女皇帝と褒め称えられていた。




 

 ◇◇◇




 〈東の離宮〉。


 権力を握ったエスピーナはすぐに私を皇宮から追い出すと思っていた。

 だが、そうしない。その意図も分からない。



 …でも、何かを企んでいる気がする。



 結局『偽物の姫』として私は東の離宮にそのまま住まわされていたが、エスピーナが即位すると女官たちからの扱いはさらに荒んでいった。



 食事をまともに運んでこない、ドレスを切り刻むなどの嫌がらせをされた。



 『アウトリタ皇帝陛下が亡くなったというのに、いつまで東宮に居座るのかしら。』



 『仕方ないわよ。あれでも愛人だったんでしょうから、エスピーナ様も無下にはできないのではないかしら?』



 『ほんと、卑しい女だわ。』



 前皇帝のアウトリタ様が実は私の本当の父親だったが、その事実はエスピーナによって闇に葬られた。



 自分が本当の皇女だと叫んだところで、元は貧民だったこともあり、誰にも信じてもらえないだろう。

 宮中の使用人にも冷たくされているので信用できる人もいない。

 けれど、正直自分が皇女だろうとなかろうとどうでもよかった。



 私がここにいるのは、ローアルのためだ。



 彼がいなければ私はとっくに、この城から逃げ出していた。


 

 今はお飾りの皇女として扱われ、行動を制限されていたため、こうやって時おり宮の中にある庭の池に目をやっては時間を過ごしている。



 しかしエスピーナが即位する前、指を失くした後から結局一度もローアルに会っていない。



 ローアルに会いたい………



 元気なんだろうか?



 誰かにいじめられてケガはしてないだろうか?

 泣いていないだろうか?


 

 それに、結局身分はどうなったの?



 噂だと、ローアルは人から敬われるような表現もされている。きっとディー様が約束を守って下さったのだろう。

 でもきっと、私が指を失ったことは知らないのだろう。

 小指がなくても何とか刺繍はできたが…

 中途半端に皇女となった今では、仕事をすることもなくなってしまった。


 

 考え事に耽っていると、向こうから談笑する若い女官たちの声が近づいてきた。

 普段から陰口を叩かれているせいか、何となく会いたくないと私は木の影に身を隠してしまう。



 「それにしてもローアル様は、本当にエスピーナ皇女様………あ、もう陛下だわ。

 皇帝陛下が好きよね。

 前皇帝陛下が亡くなられて悲しんでいた陛下を、彼が献身的に支えたっていうでしょう?」



 ……え?



 「今や宮中のロマンスよね。

 ローアル様って元は下民でしょう?

 なのにあの、上級貴族様の様な銀髪の髪に、アメジストのような薄紫色の瞳に、美しい容姿!

 まるで童話の王子様のように素敵で、陛下にとってもお似合いだわ!

 身分違いのお二人の真実の愛にキュンキュンするわよね!」



 「最近では、陛下と市街にお忍びデートに行かれたという噂もあるわ。

 まるで絵に書いた様なお二人よね。」



 女官たちは夢物語のような恋話と熱弁したあと、思い出したように冷めたような口調に切り替える。



 「…でもほら、この東の離宮の『偽物の姫』がお二人の恋仲を邪魔してるって…」



 「亡くなった前皇帝に引き続き、ローアル様を誘惑だなんて…全くとんでもない悪女だわ」



 その後彼女たちは終始怒りをぶつけるように話しながら、次第にそこを離れていった。

 木の影に座りこんでしまった私は胸を抉られた様に、そこから動けなくなった。



 ローアルが…エスピーナを支えた…?

 彼女とデートに…?



 見てもいないのに、仲睦まじい2人の姿が思い浮かび、ひどく胸が痛い。



 もし今の話が本当だったらどうしよう?



 ローアルが、私と会わないうちに、本当にエスピーナを好きになっていたとしたら…?



 皇室に召し抱えられてからもうすぐで2年が過ぎる。

 私はローアルがいたからどんなに辛くてもここで生きていられたのに…



 不安に駆られていると、近くでガサガサと木の陰が揺れた。



 「まあ、『姫』さま。そのような所でどうなされたのです?ドレスの裾が汚れてしまっていますよ?はしたない。」



 地面に座り込んだ私を見るなり、私付きの女官は下卑た笑いを浮かべながら言った。



 何の用事だろう。

 用がないなら早く行ってほしい。



 「ああ、ところでエステレラ様。ローアル様より手紙を預かっております。」



「え…?」



 そばかすだらけの女官は私の顔を見下したようにまじまじと見つめ、持っていた小さな手紙を無愛想に差し出した。



 女官から離れて急いで中身を確認する。



 『エステレラへ。

 以前していた、一緒に髪飾りを買いに行こうという話だけれど、皇帝陛下が特別に外出しても良いと許可を下さったんだ。

 もし良かったら、今日の昼2時くらいに皇宮の大庭園で待つから来て欲しい。

 ローアルより』



 ローアルからの手紙……!!



 こんなの貰ったの初めて!

 嬉しい…!

 それに元気そうでいてくれてよかった!!



 何も変わらない文面に、どこかほっとする自分がいる。

 エスピーナとの噂も、もしかしたら違うのかもしれない。

 だってあのローアルだもの。

 自分をこんな場所に連れてきたあのエスピーナには好意を寄せたりしないはずだわ。

 きっと噂は、ただの噂よ。



 私はローアルからの手紙をぎゅっと抱きしめた。



 会えば分かる。



 ローアルに会って直接聞こう。うじうじ悩むのは性に合わないから…



 そうして、この東宮を管理する新しい女官長に申請したところ、思いのほかあっさりと外出の許可が下りた。



 実質、エスピーナに話が通っているのかもしれないけれど関係ない。

 やっとローアルに会えるんだから。

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