私も本当の皇女だった④

 エスピーナのためならと裏で手を汚してきた。

 正義を掲げる皇室騎士団の服は幾度となく血に染まった。



 それでもエスピーナの崇高な意志を尊重していた。



 しかし実際に、その歪んだ欲望のために排除されるべき人間に自分が選ばれた時、フォンセは初めて目が覚めた。



 …考えてみればおかしな話だ。



 下賎な血をこの国に取り入れたくないと言いながら、エスピーナ皇女は自身のお気に入りであるローアルを自分の物にしようとしている。



 下賎な民であるローアルと、アウトリタ皇帝の血を引く娘エステレラ、どちらに価値があるかは一目瞭然なのに。



 そして皇帝…皇帝は純粋に高貴な皇族だ。

 それすら殺すよう示唆した。



 ようするにエスピーナ皇女は自分だけが愛されないと気が済まず、単に自分にとって不都合なものを踏み潰したいだけだったのだ。



 「…くっ、ハハハハっ!愚かだな、俺は!」



 もうずっと狂気を孕んだこの皇女のそばにいながら、自分は一体何を願っていたのか?



 本来なら自分が後を継ぐはずの伯爵家を弟に譲り、18才で皇室騎士になり、それから皇女のそばにいることを幸せと思って必死で支えた。



 必要とされていると。自分だけは特別だと思っていた。



 どんなことになっても皇女は自分を裏切らないだろうと。

 もしかすると愛していたのではないかと思うほどに…



 「エスピーナ様…俺は貴方にとって、ただの道具でしたか…?使い捨ての…」



 「まあ。フォンセ。さっきからそう言っているでしょう?

 逆にそれ以外に何があると言うの?

 わたくしにとってお前はちょうどいい、とても便利な使い捨ての玩具だったのよ?

 わたくしのために喜んで邪魔な者を次々に排除してくれた。

 そんなお前を見るのは本当に楽しかったのよ?

 わたくしの前では虫ケラみたいなお前…

 それがいなくなるのが、少し寂しいけれど。

 泣くほどじゃないわね。」



 俯いて正気を失ったフォンセとは対照的に、エスピーナは楽しさを抑えきれないとばかりに次々と、冷酷な言葉を吐き続けた。



 「大丈夫よ、フォンセ。

 お前の代わりはいくらでもいるから安心して死んでちょうだいね。

 あ…副団長にはローアルがいいわね。

 それか…長く不在だった団長でもいいわね。

 彼にはお前の代わりに、手を汚してもらって、もちろん恋人にもなってもらわなければね?

 ああ…これからが楽しみだわ。」



 自分を蔑ろにしようとした皇帝を弑逆し、証拠隠滅を図るためにフォンセを闇に葬る。

 それを考えると胸が躍らずにいられない。

 エスピーナはそれを全身で表現するほど楽しそうに笑う。



 「この…悪女め…!!!」



 「キャアアアアアッ!」



 フォンセは檻から腕を出し、エスピーナに掴みかかる。

 しかし寸でのところで避けられ、その機会を永久に失ってしまう。



 「誰か!早くこの男を殺してちょうだい!」



 「皇女様!この、よくも…!!」



 牢番に鍵を開けさせ、騎士が素早く剣を抜き、フォンセの首を剣で切り裂いた。



 それはあまりに一瞬のことで、フォンセ自身も予期せぬことだった。



 しかし首を切られる最中に見たエスピーナの顔が、あまりにも満面の笑みだったことで、フォンセはとある事実に気づいた。



 ———そう言うことだったのか。



 俺を逆上させ、首を刎ねさせるのが、ここに来た本当の目的だったのか。

 


 裁判さえ受けさせず、自分に繋がる一切を闇に葬る。本当にこの女は悪魔だ。




 皇女…エスピーナ…許さない…絶対に……









 その後、フォンセは本人死亡のまま皇帝弑逆の大罪人となった。



 その首はしばらく城壁に晒された。

 フォンセの身分は本人死亡のまま剥奪され、その身は荒野に打ち捨てられた。

 また、フォンセの出自である伯爵家は取り潰しになり、その家族や親戚に至るまで全て処刑された。



 それだけでなくエスピーナは、今回の皇帝弑逆に関わった全ての人間を排除した。



 自身を傀儡にしようとした宰相のメルフラフを始め、国交管理者のポルコや従者などに冤罪を着せ、裁判を待たずして処刑し、口を封じ、全てを闇に葬った。



 その後エスピーナはついに、トルメンタ帝国で初めての女皇帝になった———。

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