私も本当の皇女だった③

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 「…へいか?陛下?陛下!…陛下っ!!!」



 微弱な輝きで私を見つめていた皇帝の瞳から、光がすっと消えた。



 力の抜けた手が私の手から滑り落ちていく。

 吐血をしていた口元には生々しい血がついたままで、体はまだ温かかった。


 でももう、心臓が動いてない。

 脈を見た医者が首を横に振り、つぶやいた。



 「皇帝陛下が後崩御なされました。」



 臣下たちが一気に騒ぎ出した。

 泣き崩れる者、叫ぶ者、慌てふためく者、気づかれないよう冷笑するもの。



 皇帝陛下…アウトリタ・タエヴァス・トルメンタ。私の本当の父親。



 私は本当にトルメンタ帝国の皇女だったのだ。

 そして、本当は父親に愛されていた。



 

 「おと……う、さま…………っ」




 涙が止まらなかった。

 せめて母親のトリステルに、一目会わせてあげたかった………






  ◇◇◇





 《皇宮地下牢獄》。


 

 罪を犯した重罪人を捕らえておくための地下の牢獄に、フォンセの姿があった。



 厳しい尋問を受けたせいで、罪人用の衣服は汚れていた。

 そこに見張りの者とお供の騎士を連れて、エスピーナがやって来た。



 「フォンセ。」



 「皇女様!」



 薄暗い牢獄で冷遇を受け続けていたフォンセにとって、そこに現れたエスピーナは光のように眩しかった。

 これまで、エスピーナの邪魔となる者たちを排除するたびに、完璧に後始末をしてくれた。

 今回もこの牢獄から上手く出してくれるだろう。

 そういう約束だった。



 「フォンセと話をしたいの。下がって。」



 エスピーナは騎士と見張りを後退させると、冷たい檻の中にいるフォンセに近付き言った。



 「…よくやったわ。フォンセ。

 さすが、わたくしの騎士。

 皇室騎士副団長ね。」



 「恐れ入ります!エスピーナ様。

 このフォンセ、エスピーナ様のためならば喜んでこの命を差し出すでしょう!」



 嬉しそうにするフォンセを見て、エスピーナは遠くからは分からないほど微笑する。



 「そう…ならば喜んでその命を差し出してちょうだい?ね?フォンセ。」



 「え…?」



 それまで一筋の希望の光に胸を躍らせていたフォンセの表情が固まってしまう。



 「いやだわ、フォンセ。分からないの?

 文字通りその命をわたくしのために使いなさいと言っているのよ?」



 「エスピーナ様…一体な…にを」



 「《皇帝弑逆》には犯人が必要でしょう?

 黒幕を探られては大変だわ。

 だから、フォンセ。

 お前とはここでお別れしなくちゃならないの。

 ずっとそばにいたお前を手放すのはとても辛いわ。

 けれど、仕方ないわよね?

 だって…お前がお父様を殺したのは事実ですもの。」



 檻の隙間からお互いの肌が触れるほど距離が近づく。

 エスピーナの、唇の端がくっと吊り上がる。

 あの恍惚とした表情をフォンセに向ける。


 

 勝利したと確信した時の顔。



 エスピーナのこの顔を、フォンセは幾度となくそばで見てきた。



 だが今、エスピーナにとっての邪魔者がまさに自身であり、消し去る対象だと言われて、フォンセは絶望した。



 「必ず助けると、仰ったじゃありませんか。

 皇女様、貴方のために皇帝を…

 いいえ皇帝だけじゃない、俺はこれまでどれ程この手を血で染めましたか?

 …それなのに………俺をたばかったのですね?」



 「謀る…?

 いえ、フォンセ。貴方はわたくしの道具。

 わたくしのための使い捨ての、その他大勢の命となんら変わりないのよ?

 使い捨ての道具の命をどう扱おうと、わたくしの勝手でしょう?ね?」



 「…使い捨て…皇女様、俺のことをずっとそう思ってきたのですか?」



 「そうよ。他に何かあって…?」



 罪の意識などないという風に無邪気に笑うエスピーナを見て、フォンセはこれまでの熱を一気に奪われたような気がした。



 フォンセは皇女の騎士になり、ずっと側でエスピーナを支えてきた。



 皇帝の次に高貴で尊い皇女が寂しくないように、誰からも愛されるように、嫌われないように、誰からも見下されないように、どんな時も誰よりも崇高でいられるようにと、誠心誠意。

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