前世編〈本当の皇女と終わりの騎士〉
私も本当の皇女だった①
◇◇◇
「そんな…お父様!!死なないで下さい!
お父様!!エスピーナをひとりにしないで下さいませ!!うう…ひくっ…」
アウトリタは臣下のフォンセに腹を刺された後、ベッドの上で生死の淵を彷徨っていた。
室内には緊迫した空気が流れ、エスピーナが父親に泣きつく姿に、誰もが心を痛めていた。
皇室の医師たちも懸命に手を尽くしたが、ひどく失血してしまったアウトリタを助けることは困難だと半ば諦めていた。
それでも、帝国一の魔術師であるディーならばこの傷を高い魔力で癒せたかもしれない。
だが、こんな時に限って国境付近に発生した魔獣との苦戦を強いられ帰還できずにいるという。
しかしそれすらもエスピーナの恐るべき計画の一部だった。
それを瀕死のアウトリタ以外に気付いた者はいなかった。
逃げるのに失敗したフォンセは、皇帝暗殺の容疑で投獄され、後にエスピーナから助け出される手筈になっている。
アウトリタは薄らいでいく意識の中で、乾いた涙を流して演技を続けるエスピーナにひどく落胆していた。
「…エステレラを…娘をここへ」
息も絶え絶え、アウトリタはエステレラをそばに呼ぶように指示した。
「お父様!こんな時にあんな下賎な者を呼ぶだなんて!」
エスピーナが強く反論したが、アウトリタは強い意志で意見を譲らなかった。
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「皇帝陛下…!」
私を呼んでいると聞き、皇帝が寝かされている天蓋付きの寝台に駆け寄った。
刺されて重傷だと聞いている。
皇帝の顔は青ざめ、時々引き攣るような表情を繰り返していた。
それを見て身が引き裂かれる思いがした。
「なぜです…なぜこんなことに…?」
そばに寄り、震えながら皇帝の両手を強く握りしめる。
皇帝はエスピーナ皇女を始め、臣下や医者たちにある程度の距離を取らせる。
それから私を見つめ、短い息を吐きながら静かに語り始めた。
「エステレラよ…わたしは…生まれてからずっと皇族として…生きてきた。
…私利私欲が渦巻き、権力争いでいつ殺されるかもしれない…世界を…
ずっと足掻いて生きてきた…
そんな中では…元皇后…エスピーナの母親ともただの政略結婚であり、愛のない…関係しか…築けなかったのだ…」
「陛下、……どうかもう、ご無理をなさらないで下さい…!」
口を開くたびに苦しそうに息を吐く皇帝。
今すぐ休むよう嘆願したが、皇帝は弱々しく首を横に振った。
「いいんだ…聞くんだ…エステレラ。
…愛はなかったが…やがて…エスピーナが生まれ…元皇后は…若くして病死した。
…その時、わたしは…たった1人の娘…であるエスピーナを…全力で愛してやろう…と誓ったのだ。
だが…十数年前、とある貴族の…令嬢に出会い…わたしは…初めて人を愛した。」
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今から十数年前——。
外交で他国に赴いていたアウトリタは、辺境付近で複数の魔獣の襲来に合う。
討伐目的ではなかったため護衛の皇室騎士は数名、兵も数十名しかおらず、魔獣に有効な魔力を使えるのもアウトリタ以外にいなかった。
この頃のアウトリタはそれなりに高い魔力を持っていたが、一人では限度があった。
苦戦を強いられ、なんとか魔獣を退治できたものの数名の騎士と兵を失った。
またアウトリタも、この戦いで魔力をすっかり使い果たしていた。
さらには肩から腕にかけて魔獣の大きな爪で切り裂かれており、かなり厳しい状況に立たされていた。
森で瀕死のアウトリタを見つけたのは、辺境伯の一人娘であるトリステルだった。
トリステルはすぐに従者を呼び、手分けしてアウトリタ一行を辺境伯の城に連れ帰った。
領地の優秀な医師や看護師を呼び、彼らに手厚い看病をほどこした。
危機を脱し、アウトリタが目覚めた時そばにいたのは、赤茶色の髪をし、澄んだ薄茶色の瞳をしたトリステルだった。
「そなたが救ってくれたのか…?」
「いいえ。私はあなたたちを森で見つけて、城に連れ帰っただけ。命を救ったのは優秀なお医者様ですよ。
私がしたことと言えば、あなたたちの額の汗を拭ったことくらいです。」
そう言って屈託ない笑顔を見せたトリステルに、アウトリタは一瞬で引き込まれていた。
聞けばトリステルは、アウトリタをトルメンタ帝国の皇帝とは知らず、他の騎士や兵と同様付きっきりで看病していたという。
「アウトリタ皇帝陛下とは知らず…
娘は今年23歳になりますが、この辺境伯の跡を継ぐと決めてから誰とも結婚せず…
少々おてんばなのです。
もし何か無礼をしていたら…どうぞ、田舎娘として寛大なお心で見てくださいますよう…」
齢29歳ながらトルメンタ帝国の暴君としてすでに世界に名を馳せていたアウトリタに、トリステルの父親である辺境伯はブルブルと震えながら言った。
「無礼などと。生き生きとした、心根の優しい娘なのだな。」
「そうですよ、お父様。いくら私がお転婆とは言え、アウトリタ皇帝陛下にその様に紹介するのはどうかと思いますよ?」
「こ、こら!トリステル!」
両腰に手を据え、揚げ足を取るトリステルに父親の顔はますます真っ青になった。
その様子を見ていたアウトリタは、まるで子供のように声を出して笑った。
まだ傷が痛むはずなのに。
「クククッ…アハハハッ!」
「へ、陛下…?」
純朴な田舎貴族の娘と、父親のなんとも仲睦まじい姿が、アウトリタの心を刺激した。
また、無事に助かった騎士や兵たちも、暴君と恐れられていた皇帝がそうやって笑うのを目撃し、誰もが驚いていた。
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