皇帝と養女④
部屋は、壁紙も絨毯もどこもかしこも贅沢品に見えた。
金や銀の装飾で彩られた家具や置物。絵画。
テーブルの上にはすでに、高価そうな食器やティーセットなども揃えられている。
奥にはレースのカーテンが備えられた天蓋付きの大きなベッドがあった。
だけど、どう考えても元孤児の自分にこの部屋は落ちつかない。私はそっと扉の外へ出た。
すると、外で呼ばれるのを待機している使用人たちの陰口を意図せず立ち聞きしてしまう。
「あんな下賎な小娘が…皇女ですって?
皇帝陛下は一体何を考えているのかしら?」
「養子だなんて…
噂ではあの小汚い体で、陛下を誘惑して籠絡したという話だわ。
考えただけでもおぞましいわね。」
「誰が『皇女様』だなんて思うものですか。
あんな下賎な者。
誰にも認められず、尊敬もされない。
名ばかりの偽のお姫さま。」
使用人たちは上品な顔や声をしながら、私を
私だって別に皇女になりたかった訳じゃない。
こんなの、気にしないようにしなきゃ……
でも、それがかえって使用人たちの陰険な差別を助長させることになる。
やがて皇宮内で私は、《アウトリタ皇帝を下賎な体で誘惑した、卑しい姫》と噂されるようになった。
◇◇◇
しかしそんな噂もお構いなしに、数日後には皇室で、私が皇女としての身分を授与するための式が開かれた。
「これより、エステレラをこの帝国の第二皇女とする。」
皇帝はただ淡々と、納得いってない臣下や皇室関係者が見守る中で宣言した。
『似ているのは瞳の色だけだ』
『なぜあのような出自も分からぬ下賎な身分の者が…』
『女官たちの噂通り、その汚い身体で誘惑でもしたのだろう』
授与式では、口に出さずとも来賓たちのそんな陰口が飛び交った。
これが、私の身を案じての皇帝の配慮だと知っている。
だから授与を辞退することもできない。
皇族の紋章が入った煌びやかなドレスを纏い、王座に座っている皇帝の前に跪いて、言われた通りの言葉を吐き出す以外になかった。
「……ありがたく承ります。」
「これからはエステレラは我が国の高貴な皇女となる!
よって何者も、エステレラを傷つけることは許さない!」
これまで噂にあるような暴君ぶりを一片も見せないアウトリタだったが、その時だけは違った。
そこには表情の全く読めないディー様の姿や、フォンセ様の姿もあったが、特にフォンセ様は皇帝の前であるため不快な顔をうまく隠していた。
授与式は滞りなく終わったものの、臣下だけでなく、招かれた来賓の貴族たちさえ誰もが不満そうな顔をしていた。
その中でも特段不満を抱えていたのは他ならないエスピーナ皇女だった。
《北の皇女宮・エスピーナの私室》。
式が終わると自室に戻ったエスピーナは怒りに震えながらフォンセを呼びつけた。
その顔はこれまで以上に酷く歪んでいた。
「フォンセ。ねえ?どう考えてもおかしいでしょう?
あの小汚い少女がこの国の皇女…?
わたくしの妹ですって?
分からないわ。
なぜお父様があのような下賎で卑しい小娘に加護を与えたり、養子にしたのかが。
確かに噂を流すにはちょうどいいけれど、それにしたって!
お父様の意図が分からない……!
不愉快すぎる。
わたくし以外に娘をつくるなんて…
わたくし以外に愛を向けるなんて、許さない。
愛されていいのはわたくしだけなのよ!
…探ってちょうだい。あの小娘とお父様の本当の関係を!」
「は!仰せのままに!」
秘密裏に動き出したフォンセは、密かに懐柔したエステレラの使用人であるキュルマに、その内情を探らせた。
キュルマもまた、エステレラ付きの女官の長でありながら身分の低いエステレラを快く思っていない人間の1人だった。
それからキュルマは、アウトリタとエステレラが部屋で会話するのを盗み聞きし、数日してエスピーナに驚くべき報告をした。
【アウトリタ皇帝陛下とエステレラ皇女は、真に血の繋がった親子である可能性がある】と。
「…それは
自室に呼んだキュルマに、エスピーナは目を見開き震える声で問いかけた。
傍にはいつもの様にフォンセが控えている。
キュルマは頭を下げながら静かに応えた。
「はい。この耳で確かに聞きました。
エステレラ皇女様に対する皇帝陛下の異常なまでのお優しさ、それからお二人の瞳の色が同じ赤色であること、いなくなった母親が得意なのが刺繍であったこと。
それらを照らし合わせると…
あれは十年以上前にあの東の離宮に、たった数週間だけいたあの者の…隠し子。
あの方は真にアウトリタ皇帝陛下の血を引く、本物の皇女様だったのです…!」
そこまでキュルマが興奮気味に言い終えると、エスピーナは蒼白い顔をしてうつむき、また唇を噛みしめた。
「お前は…その話を誰かにしたかしら。」
いつもとは違い、一段と低い声でエスピーナはキュルマに尋ねる。
唇を噛み、拳も血が出るほど握りしめて、これまで以上にない怒りを露にしながら。
「いえ?まだ誰にも…」
「そう…」
フォンセ、と皇女は腕を上げた。
「はい。皇女様。」
呼ばれたフォンセは少しも表情を崩さず、控えていた場から素早くキュルマの前に立ち塞がった。
「え…?」
目の前にフォンセの影が差し、そのあまりの至近距離に驚き、キュルマは目線を上げる。
すでにフォンセは物音も立てずに自身の剣を抜いていた。
自分の運命を瞬時に悟ったキュルマは抵抗しようと腕をジタバタさせた。
「そんな…!!は………話が違います、皇女さま!!!」
フォンセは一瞬にしてキュルマの口を押さえて床に押し倒し、引き抜いた剣で素早く彼女の心臓を突き刺した。
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