皇帝と養女③



 「それでは皇女様。さっそくですが、賜られた離宮へ参りましょう。」



 皇女と呼ばれた私は、それが自分のことだとは到底思えず、ただ目を丸くする。



 あの時皇帝が言った方法とはこのことだったのかと、驚くばかりだ。



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 話は少し前まで遡る。



 あれから私は丸3日も眠っていたらしい。

 目を覚ますと、そこには見慣れない、畏まった女性の使用人たちが並んでいた。

 そして彼女たちは私に向かって一斉に『皇女さま』と言って頭を下げた。



 部屋にエスピーナ皇女がいるのかと思ったが、どこを探しても彼女はいない。

 どうやら使用人たちは私に向かって本気でそう言っているようで、戸惑った。

 そのうち一人の中年の女官が、私のいるベッドの前に進み出た。



 「初めまして、エステレラ様。

 わたくしはこの皇宮の女官長をしております、キュルマと申します。

 皇帝陛下よりエステレラ様のお世話を仰せつかりました。」



 皇女様…?



 「ところで体調はもう宜しいでしょうか?

 陛下自ら緩和魔術を用いたようなので、痛みはだいぶ引いたかと…」



 緩和魔術……?

 そう言えば、患部の痛みを感じない。



 包帯の上から指の患部を触ると、確かに最初に感じていた痛みはすっかり無くなっていた。



 生まれた時からあった左手の小指を失った。



 けれど、後悔はしてない。



 失くした手の先を見つめていると、女官長は淡々とした口調で続けた。



 「皇女様が起き上がり、ご自分で歩けるようになったなら、お部屋の移動をするようにと申しつかっております。

 陛下から特別に東の離宮にと…」



 「あ、その…!私が皇女様ってどういうことでしょうか?」



 疑問が解けないので慌ててベッドから身を乗り出し、私は女官長に尋ねた。



 「…エステレラ様は、皇帝陛下の養女となられました。

 昨日付でこのトルメンタ帝国の皇女様としての身分を賜ったのです。

 陛下の養女様、エスピーナ様の義妹様となられます。

 正式な授与式については後ほどお知らせがあると思いますが、まずは賜った離宮に移ることを陛下が強く望まれておりますので、どうかご理解くださいますよう…」



 女官長は表情を崩さず、すらすらと言葉を並べて一礼した。



 「私が陛下の養女?

 エスピーナ皇女の妹に…?」



 状況を飲み込めずにいる私を見上げて、女官長は言った。



 「皇女様、ご自分で歩くことはできますか?」



 「あ、はい、えっと、大丈夫だと思います…」



 「それでは皇女様。さっそくですが、賜られた離宮へ参りましょう。」



 ベッドから立ち上がるのを補佐する形で、女官長が手を差し伸べてきた。

 私は五本指がある手の方を取ってもらった。



 肌触りの良い柔らかいベッドから降りると、同じく肌触りの良いドレス状の衣服が四肢に擦れた。

 それがこれまでの扱いと違うと、はっきりと認識させられた。




 ———西棟で働く使用人と比べても、一つ一つの所作が丁寧で上品な、たくさんの使用人たちが私と女官長を筆頭にぞろぞろと歩き始める。



 皇帝が私を守るためにこんなことを…?



 今まで公にすることは避けているようだったのに。



 それほどまで大切なら、どうして今まで…


 

 冬間近でも色とりどりの花が咲き乱れる皇宮の広い外通路を歩く。



 「陛下はなぜこのようなことを…」



 「さあ。私たちには陛下のお考えは分かりません。」

 


 女官長のキュルマは私に聞くなという態度を取る。

 彼女を含めた使用人たちは、きちんと礼儀は弁えているものの、どこか冷たかった。



 それはそうだと、私はすぐに怯んだ。

 だが今度は違う質問を投げかける。



 「あの…私の幼なじみの、ローアルは今どこで何をしているかご存知でしょうか?」



 颯爽と前を行く彼女は振り返ることもなく応えた。



 「さあ…私には分かり兼ねます。」



 「…」



 当然と言えば当然のことだ。



 指を失ってから、一度もローアルに会っていない。

 それにディー様からの連絡もない。

 ちゃんと約束を守ってくれたのかしら?

 ローアルは何かの身分をもらって、皇宮で少しでも優遇されるようになったのかしら。



 会いたい………



 ローアルに、無性に会いたい。

 あの愛おしい、眉を下げて笑う顔が見たい。




 ◇◇◇


 

 広い中庭を抜けると色鮮やかな外壁の東の離宮が姿を現した。

 外には兵や使用人が待機していて厳格な雰囲気が漂っていた。



 …元々は、誰か新しい妃を迎える為に建てられた離宮だったという。


 

 まるで小さな城のような外観の建物から中に入る。

 通路の先には多様な部屋が完備されていて、厨房やバスタブはもちろん、食堂や大広間、そして大規模なパーティーを開くことができるホールなどが広がっていた。



 離宮について一通りの説明を受けると、必要な時に呼ぶようにとキュルマに言われた。

 やっと全員下がってもらうと、ようやく一人になった。

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