近づく悪意⑤


 自身の管理長室で先に待機していたフォンセに、ポルコは媚びへつらうように声を掛けた。



 「あれで良かったんですか?フォンセ様。」



 実はローアルから金を巻き上げるよう頼んだのはフォンセだった。

 その様子を上の官舎の窓から眺めていたため、満足げに笑っていた。



 「ああ。よくやった。ポルコ管理長。」



 ポルコは皇室での国庫管理を担う重鎮だが、出自は子爵家である。

 一方のフォンセは伯爵家の出自であるため、位の高いフォンセにポルコは頭が上がらない。



 実はこのポルコも、自分達に色々と融通してくれる皇女側の人間だった。

 そのため、汚れ仕事を頼まれて裏金を受け取るということには慣れていた。



 「ポルコ管理長。またよろしく頼むよ。

 明日からも、ローアルを徹底的にいたぶってくれたまえ。これは少ないが謝礼金だ。」



 満足気に笑ったフォンセが、金貨が数枚入った絹袋をその手に握らせると、ポルコは欠けた歯を見せて笑った。



 「はい!フォンセ様のためならば喜んで。」




 ◇

 


 

 《皇宮。皇帝の私室》。

 

 

 私はあれから何度か、皇帝に自室に呼ばれた。



 その度に、目の前で刺繍をするようにと針と生地と銀糸を渡され、仕方なく作業した。



 なぜ皇帝が、私をこうも頻繁に呼ぶのかが分からない。



 誰かが刺繍をするその所作を観察するのがお好きなのだろうかと思おうとしたが、やはり無理がある。



 皇帝の見事な金色の髪は神々しく、あの強烈な赤い瞳に見つめられると、動けなくなる。



 今だ語り継がれる、武勇伝を思い起こさせるような古い切り傷が皇帝の服の袖から度々見えることがあった。



 「エステレラよ。わたしが怖いか?」 



 「いえ。私は陛下を怖いとは思いません。」


 

 「そうか。それは良かった。」



 良かった?



 こうして二人きりで会う回数が増えるたび、皇帝は少しずつ私に気を許していっているようだった。


 

 刺繍をする私の真向かいのソファに座り、背をもたれてゆったりと過ごしている。

 今では皇女のために私を処刑されるのではという心配も、杞憂だったと思っている。



 「エステレラ。わたしは、この帝国の皇帝だ。」



 「はい。存じ上げていますが…?」



 「皇帝は、強くなければない。そうしなければ国は成り立たないのだ。」



 「………はい。分かっております。」



 「わたしはこのトルメンタ帝国のために、極悪非道な行いもたくさんしてきた。

 国を守るために戦でこの手を血に染め、皇室での争いに生き残り、皇帝になるためには、家族をも手にかなければならなかった。

 皇帝になってからも不平不満をもらす臣下や民の意見を聞き、お前たちのような民を貧民街に追いやり、虫ケラのように排除してきた。

 全ての出来事を正しいと確信して行動したからそれを悪いとは思わぬ。

 強い皇帝とは、ただ優しいだけでは駄目なのだ。」



 ぽつりぽつりと呟く皇帝の低い声が、耳元に届く。

 私になぜそんなことを話すのか、何を言ってほしいのか分からない。だけど……



 「陛下はじゅうぶん、お強いと思います。

 抱えられていらっしゃるものを私が計り知ることはできませんが、それでも陛下は、お優しいと思います。」



 私のような者に抱えられている本音のようなものを話してくれるのはなぜか。

 しかし疑問に思ったところで、彼の本当の目的を、彼自らが話してくれるのを待つ以外にない。



 ただ素直に皇帝が優しいと感じてしまうのは、これまでの皇帝の行いや、言葉を見てきているからだ。

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