近づく悪意②
———昨晩とても怖い夢を見た。
だけど内容は全く覚えていない。
とにかく息苦しくて、身が引き千切られそうなほど悲しくて、私は何かを必死に叫んでいた気がする。
朝の食事の時にそのことを話すと、ローアルは「大丈夫?」と、銀色の髪を揺らし、首を傾けながら心配そうに私の様子を伺っていた。
二人がトルメンタ帝国の皇宮に召し抱えられてから一月あまり。
ローアルはこのところ一段と元気がない。
私よりもローアルの方が心配だ。
実はあれから、ディー様にも会えていない。
元々皇族の血筋でもあり公爵家の当主でもあるディー様は、いつも忙しそうにされている。
だから、こんな貧民あがりの使用人になど簡単に会いに来てくださるはずもない。
それでもあの日した約束のためにやって来てくださるはずと、信じる以外になかった。
———ローアルが身分のせいで周囲から冷遇を受け続け、傷の絶えない日々が続いている一方で、私の方もほかの使用人から当たり前のように嫌がらせをされていた。
この西の塔にある使用人の宿舎では、それぞれ異なる部門で働く宮中の使用人たちがいる。
料理人や衣裳係、掃除やベッドメイク係、庭園管理人…といったように。
普段はバラバラで仕事をしているが、朝晩は顔を合わすし、部屋の前の廊下ですれ違うこともある。
だが、すれ違っても当然のように無視されるし、それは刺繍の仕事に行っても同じで、先輩の女官達は当たり前のように私に嫌がらせをした。
仕事で使う生地をくれなかったり、生地の中にあらかじめ針を忍ばせておいたり。
とにかく幼稚だ。
理由は分かってる。
この皇室に仕える臣下や女官、使用人達は、貴族か準貴族、あるいは実家が富豪や裕福な家など、高い身分や富を持っている者達ばかりだからだ。
だから私やローアルのように身分もなく、富や力もないのに皇室に召し抱えられたら、差別意識の強い彼らは、過度に不快感を示すのだ。
——————
「ローアル。これまで私たち辛かったけど、今日一つ、いいことがあるよ。」
「……?」
何のことやら?と言いたげなローアルに、私はとびきりの笑顔で言った。
「今日私達がこれまで働いた、お給金が出るんだよ!」
「……そっか…。忘れてた。陛下が約束して下さったんだもんな。」
これまで落ち込んでいたローアルの表情がランプに灯りが着いたみたいに、パッと明るくなる。
久しぶりに見るローアルの笑顔が、たまらなく愛おしかった。
「私たち、無理やり城に連れてこられちゃったけど、こうやってお給金もらえるのだけはありがたいよね。」
「…うん。」
「ローアル?」
「…君に」
「?」
ローアルは一瞬何かを考えたように俯き、顔を真っ赤にしながら言った。
「君に、似合う髪飾りを買いたいんだ。
もしイヤじゃなければ、一緒に買い物にいかないか?エステレラ。
あっ、もちろん城外に行く許可がおりればの話だけど……」
「本当に?嬉しい…!ローアル!」
嬉しさのあまり、私はつい食事を放り出してローアルに飛びついた。
しかし同時にローアルの呻めく声が。
どうやら貴族の子息達に傷つけられてケガしたところに、手が当たってしまったらしい。
「ごめんね、ローアル!」
慌てて離れようとする私を、なぜかローアルが強く引き止め、抱きしめてきた。
「僕は大丈夫。お願いだから、まだこうしていて欲しい。
エステレラとこうしていると、とても落ち着くんだ。」
「ローアル…」
聞こえるのはローアルの甘い声。
身体全部を覆うように、抱きしめられている。
ドキドキしながら、私もそっとローアルを抱きしめ返した。
こんなのはもう、ほんとうに心臓に悪い。
ハグなんていつもやっていることなのに。
「エステレラ。僕は…」
顔を真っ赤にして、ローアルが何かを伝えようとしていた。
その時、部屋の扉が乱暴に開いた。
そこには私達をキツく睨む、あのフォンセの姿があった。
「ローアル!!皇女様がお呼びだ!
早く来い!」
———皇女が…?
「大丈夫だよエステレラ。心配しないで。」
不安になったことに気づいてくれたのか、ローアルは笑いながら私の髪をそっと撫でた。
それから、不愉快そうな顔をするフォンセと共に部屋を出て行った。
あの謁見の時以来、これまで皇女がローアルに接触することはなかった。
だからこの頃、安心しきっていた。
皇女はまだローアルのことを諦めていないのだろうか?
何もなければ良いけれど……
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