魔術師ディーの罠⑥

 ふと、彼と目が合う。


 「エステレラ?」


 「はい。私です。

 あの。なぜこんな場所に、ディー様が?」



 「それはわたしのセリフだよ。こんな寒い夜に一人で。

 もしかして、眠れないのかい?」



 「…はい。」



 どう考えても使用人塔の庭に、しかもこんな時間に帝国一の魔術師であるディー様がいるのはおかしい。

 そう感じつつも、月明かりの下で優しく笑う彼になぜか親近感を持ってしまう。



 「わたしで良ければ、眠れない理由を話してごらん。」



 「いえ、ディー様に聞いていただくほどの悩みではありません。」



 仮にディー様がもしも皇女様と繋がっているとしたら。

 迂闊にローアルのことを話してはいけない。

 そう思ったのに。



 「大丈夫。秘密は守るよ。」



 微笑して、ディー様が軽く指を鳴らす。

 すると不思議なことに、私はつい秘めた思いを言葉に出してしまった。



 「ローアルが……。私とこの城へ一緒にきた幼なじみが、身分のことで苦しんでいます。

 城で騎士団の人達に嫌がらせを受けたり、仕事先でも色々と意地悪をされているのです。

 どうにかして彼を救ってあげたくて……」



 「そう。それで君は、自分に何ができるか考えていたんだね。」



 「はい。」



 「君は優しい子だね。」



 「いえ、そのようなことはありません。」



 暫くディー様は深く何かを考えるように、夜空を見ていた。

 だが唐突にまた私に視線を向けた。



 「君にできることはある。けれど、それをする覚悟が君にあるかな?」



 「!何でしょうか?ローアルのためにできることなら、何でもやります!」



 「そう。君がそう言うなら。」



 なぜか一瞬、ディー様は目を伏せた。

 次に目を開けると、それまでのおっとりとした口調を切り替えて話し始めた。



 「実は、わたしが常日頃お世話になっている侯爵家があるのだが、そこの当主が変わった種味をお持ちでね。

 …その、少女を集めていらっしゃるんだ。」



 「少女、ですか?」



 おかしな話の流れに、私はついディー様に尋ね返してしまう。



 「うん。彼は少女しか愛せない男でね。

 ああ、でも、心配しないでほしい。

 彼に引き取られた少女達は、みな幸せになっているんだよ。

 君と同じように身分のない子達だったけれど、今では侯爵家の養子として身分をもらい、貴族と変わらない優雅な生活を送っているんだ。

 どうだろう…?

 その彼に君が身を委ねてみては。

 それと引き換えに、ローアルに身分を買い与えて貰うのはどうだろう。

 わたしの頼みであれば、きっとローアルも貧民以上の身分を与えてもらえるはずだ。」



 「それは私に、侯爵様の妾になれということでしょうか?」



 それまで絶えず微笑んでいたディー様の顔から、すっと笑顔が消えた。



 「うん…まあ、そうだね。」



 ディー様のどこか冷たい声を聞いて、私は冷静に考えた。

 確かに、そうすることでローアルが救われるのなら、その提案にありがたく乗るべきなんだろう。




 だって私には何もないから。

 お金もないし、身分もない。地位もない。

 どんなにローアルのためを思っても、私にはできることが少なすぎる。

 あるとすれば、この身体だけ。

 身分のことで苦しむローアルのためなら、何でもやろうと思っていたのは決して嘘じゃない。



 でも、これは………



 「ディー様。私は……………………」




 私には、ずっと心に決めていたことがある。



 どんなに貧しく苦しく、例え死が迫ろうとも自分の純潔だけは大好きなローアルに捧げる、と。



 だからそれだけはできない。

 どんなに魅力的な提案でも、それだけは。

 わがままでしかないけれど、私は何か他にもできることがないかディー様にもう一度尋ねることにした。

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