魔術師ディーの罠⑤
◇
あまりに酷いローアルのケガを見て、私は泣いていた。
顔は地に伏せていたため、泥汚れだけだったというが。
背中には剣や拳で殴打された傷が残り、皮膚が腫れ上がり、皮がめくれていた。
「ひどすぎる!何でこんなことをするの!?」
「泣かないで。エステレラ。
僕は大丈夫だから、ね?」
「どこが!ひどい奴ら!
よってたかってローアルにこんなケガを負わせて、人間のクズだわ!絶対許せない!」
その夜。ローアルがひどい暴行を受けたことを知って、私は散々泣いた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をして、ベッドに座らせたローアルの背中の傷の手当てをしながら、悲しみと怒りが抑えられなかった。
しかも背中の傷だけではない。
両手足には無理やり押さえつけられた跡があり、それが青アザになってしまっていた。
本来ならローアルは綺麗できめ細やかな肌をしている。それがこんな。
なぜ優しいローアルが、こんな目に遭わなければいけないのか。
ローアルが一体、何をしたっていうの?
理不尽よ。
この城にだって無理やり連れてこられたのに。
「大丈夫だよ、本当に。
それよりもエステレラこそ何もされてないの?
この前は皇帝陛下、そしてその次には魔術師様に呼び出されて。
本当に心配したんだよ。」
治療中だったので、顔だけをこちらに傾けながらローアルはそう尋ねてくる。
「私は大丈夫だよ。幸いにもお二人とも、お優しかったの。不思議だけれど。」
皇帝陛下と過ごした最初の夜と、ディー様と過ごしたあの時。
身構えていた割に、拍子抜けするほど傷付けられるようなことはなかった。
「僕は…君が大事だから。その…」
そう言ってローアルは、いつもの様に恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ローアルだって、私にとってもすごく大事な人だわ。
それに大丈夫だって言うけど…
皇室騎士団に入るのはずっとローアルの夢だったでしょ?」
使用人が使える消毒と塗り薬での治療を終えて、替えのシャツを着直させる。
後ろからローアルの傷跡を慈しむように、私は彼の肩にそっと手を置いた。
「本当は悔しいんでしょ?ローアル。
剣さえ握らせてもらえれば、実力を試せるのに、それさえさせてもらえないんだもんね。
悔しくないはずがないよ。」
「……」
「ローアル。私には本音を言って。」
後ろを向いたローアルの肩がピクリと揺れる。
「…悔しいよ。」
「うん。」
「何で身分なんてものが存在するんだ。」
「うん…」
「自分がスラム街で育ったことを、こんなにも悔しいと思ったことはない。」
「悔しいよね。」
「僕は…悔しいんだ。エステレラ」
背後から逞しくなったローアルを、ケガを避けながらそっと抱きしめた。
「……っ。」
肩を震わし、ローアルが泣いている。
今まで私に、一度も涙を見せたことのないローアルが。
声も上げずに、押し殺すように。
そうして気がつけば、私も一緒に泣いていた。
この帝国の身分制度が憎い。
私達はいまも、この城から出ることを禁止されている。
もし逃げたら厳しい罰が下される。
だからここで、頑張るしかないのに……
これ以上、大好きなローアルが傷つくのは見たくない。
ローアルのために、何か私にできることはないの?
愛しいローアルのため。
こんなちっぽけな私でも、どうにかして彼の役に立ちたい。
彼のためなら何でもするわ。
だから、どうか……………
———眠れずに宿舎の裏口から外庭に出た。
そこは使用人塔の、ごく小さな庭である。
丸く白い満月が夜闇の庭を照らしていた。
トルメンタ帝国は1年を通して寒い国である。
今は秋だが、もうすぐまた雪が降るだろう。
使用人の薄手の制服では夜はとにかく寒い。
吐く息が白さを増してきたため、私は宿舎に戻ろうとした。
「ディー…様?」
そこには、黒装を着たディー様が佇んでいた。
オッドアイの瞳と、ローアルのそれとはまた違う銀色の髪。
それらが月明かりに照らされ、キラキラと輝いていた。
その姿はまるで一枚の美しい絵画のようだった。
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