魔術師ディーの罠②

 ——帝国一の魔術師、ディーがやって来たのは翌日だった。



 他国との外交中だったが、皇女からの命令と言われ、仕事を他の優秀な部下に任せ、急遽引き返してきたのだ。



 ディーの家門である【ストレーガ公爵家】は、元々トルメンタ帝国の皇家がまだ二分されていた頃の、反対勢力だった。

 その戦争に負けたストレーガ一族が、血筋を絶やさないことを条件に、現皇室に忠誠を誓ったという屈辱的な過去を持っている。



 そのため皇命には絶対的に忠実であり、裏仕事を命令されても逆らえないという側面がある。



 現ストレーガ公爵であり、皇族の血筋でもあるディーにもその魔力が受け継がれ、それは歴代でもトップクラスだと言われていた。



 よって、ディー・ハザック・ストレーガの魔力の強さは、現皇帝のアウトリタに並ぶと言われている。

 それにより若き公爵家当主ディーは現【魔塔】の主でもある。

 帝国に深刻な被害を及ぼす魔獣対策の指揮官を務めたり、皇命により友好国への魔力供給などの外交も行なっていた。



 ディーは、パッと人目を引く長い銀色の髪と、右が碧、左が灰色のオッドアイが特徴の男性だ。



 その容姿や高貴な身分から、帝国一モテると言われているが、いまだ未婚である。

 ディーは常に、トルメンタ帝国の紋章が銀糸で刺繍された、黒の魔術師の衣装を着ていた。




 ◇




 ———ここへ来て二日目。


 私は帝国一の魔術師ディー様より、祝福を与えたいと呼び出されていた。



 昨夜のアウトリタ皇帝陛下に続き、なぜ貧民である私にそんなものを与える必要があるのか分からない。


 

 もしかすると今度こそ、邪魔者の私を殺すためではないか。



 使用人の一人に案内され、私は薄暗い通路を歩いた。

 それこそディー様は、城内にある隠し部屋のような場所に待たれていた。



 「———やあ、初めまして。」



 「初めまして。ディー様。エステレラと申します。」



 

 「畏まることはないよ。皇帝陛下から特別に召し抱えられた子だと聞いた。

 トルメンタ帝国の皇室に仕える者なら必ず、祝福を受ける決まりになっているからね。」



 恐れながら顔を見上げる私に、ディー様は目線を合わせて少し腰を曲げた。



 薄暗い部屋で、ディー様のオッドアイの瞳が、本で見た宝石のように美しく浮かんでいる。

 正直、こんなに綺麗な男性は今まで、見たことがない。



 「じゃあ、額に手を当てるからね。

 すぐに終わるから、緊張しないで。」



 そう言ったディー様の手が、私の額に触れた。

 彼の手はひどく冷たかった。



 ——————


 ——————………



 「終わったよ。エステレラ。もう目を開けてもいいよ。」



 どれくらいそうしていたのか。

 


 ディー様の触れた冷たい手が、熱を帯びて離れた。

 目を開けるとディー様は、なぜか不思議そうに私を見つめていた。



 確かに、帝国一の魔術師と謳われているディー様を初めて見た時は怖かった。

 けれど柔らかそうな銀色の髪がローアルを思い起こさせ、なぜか親近感がわいた。


 

 「あの。ディー様。ありがとうございます。

 素敵な祝福でした。」



 私は着ていたスカートの両裾を軽く持ち上げ、笑顔で礼をした。

 ディー様は驚いたように目を見開いた。が、次にはふんわりと笑った。



 「もう行っていいよ。」



 「はい、失礼します。」



 もう一度礼をし部屋を出る。私は外で待機していた案内人に連れられ、その場を立ち去った。




 ◇



 

 ディーはふう、っと一息ついて、書物や骨董品の積み重なっている壁側に目を遣った。



 「…それで?どうだったの?ディー。」


 

 その物影から現れたのは、今にも人を殺めそうな目をしているエスピーナと、フォンセだった。

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